見えない敵
「……なん、だ……これは⁉︎」
姫様が愕然とした表情で、テーブルの上を見つめている。王の護衛であるサシャさんも、危機感を抱いて身構えている。
ちなみに王様は、SKSカービンの構造を知るため分解したいとか駄々こねたんで、工具セットと一緒に渡しておいた。いまはベッドルームの文机で嬉々としていじくり回しているところのようだ。
ぼくも銃の完全分解は経験がないので、なにか訊かれてもわからない。最悪、組み上がらなくても構わないとは伝えてある。
「なにしてるんですか、おふたりとも。食べませんか?」
「待てマークス、その前に、“めりけんしー”とやらは何だ」
う〜ん、“めりけんしー”ではなく、“アメリカン・スウィーツ”なんだけど、そんなの伝わるわけないよね。
「お菓子です。姫様も、このチョコ……いろんな色の丸いのは、道中で食べた携行食に入っていたでしょう? ほら、ポケットに入れておいて、疲れたら食べてくださいとお伝えした、あれです」
「いや、携行袋のなかに仕舞ってある」
「食べてないんですか? キャンディ……ええと、飴も?」
「疲れを感じる前に戦闘に入ったのでな」
そういわれてみれば、そうだな。
ハンヴィーの車内に水とお菓子の箱を置いたとこまでは覚えてるけど。姫様が食べているのを見た記憶がない。そういうぼくも、水は飲んだけど菓子は手を付けてなかった。
コルニケアに入るまで、本当に大変だったもんな。
「……すみません、気が回りませんでした」
「何を謝る。貴様は実に良くやってくれたぞ。マークスがいなければ到底、生きてここまでは辿り着けなかった。“えむあーるいー”とやらも美味かったしな。きっと、これも美味いのだろう」
“どれも常軌を逸した色だがな”と姫様がポソリと漏らす声が聞こえた。そこは、ぼくも同感ではある。
今回ぼくが購入したのは、“大手メーカー製お菓子の詰め合わせボックス”みたいなものだ。アメリカ製が中心になってるみたいだけど、輸入菓子を食べる機会などあまりなかったので詳しくない。
「では、いただこう。サシャ殿も遠慮なく開けてくれ」
「はあ」
飲み物も出してみた。硬軟織り交ぜたミネラルウォーター各種と、スポーツドリンク。フルーツジュースと、缶入りソーダ。
自分で出しておいてなんだけど、菓子も飲み物も、凄まじく身体に悪そうな色が並んでいる。これは、この世界のひとたちなら怯むのも頷ける。
「……美味い」
「え」
最初にチャレンジしたクラファ殿下が――いくぶん意外そうにではあるが――感嘆の声を漏らすと、サシャさんからは思わず驚いた声が出た。食べてたのはチョコパイ的なものみたいだけど、表面に尋常じゃない色合いと分量のパウダーシュガーが掛かってたしな。
あれ、美味いのか。ていうか、本来こういう場ではぼくが毒味する流れなのかもしれない。
「この細長いのと丸いのと小さい粒のは、同じ味だな。どれも甘くて、木の実が入っている。美味いぞ」
「はい。チョコレートですね。まあ、同じものです」
「丸いのには、カシュカシュしたものが掛かっているが、なんでこんな気が狂ったような色にしたんだ?」
「さあ。子供が食べたくなるように、だと思いますが」
“どんな子供だ”、という姫様の疑問には、ぼくも答えようがない。アメリカ人だけじゃなく世界中の子供がカラフルな駄菓子に食い付いてたと思うんだけど。こっちの世界では理解されないのか。
ゲフッと噎せる音に振り返ると、サシャさんがカラフルなパッケージを持って目を白黒させていた。
「マークスざん、こえ腐ってまへんか」
「えーっと、“サワーなんだか”って書いてるんで、そういう味です。酸っぱい果物の味。疲れが癒されるはずですよ。気になるようでしたら他のを食べてみてください」
「ぬッ、まぅ」
いや、今度は姫様、なんでそんな不可思議な声を出してるんですか。せっかくの美貌がチャウチャウみたいな顔になってるし。苦かった? 辛かった? それとも、酸っぱかった?
「くさい」
ええと、あれですね。リコリス。アメリカ人は好きみたいだけど、慣れないとちょっとハードル高い。
サシャさんは同系列の味したルートビアを美味そうにグイグイ飲んでるから、好みの問題なのかもしれない。
運ばれる途中でぶつかったのか、端が少し潰れたジェリービーンズを口に放り込む。なんか複雑な香料は感じるけど、何の味をイメージしているのかはよくわからない。
この“お菓子の詰め合わせボックス”が、なぜ“武器庫”の商品として収められているのか疑問だったけど。もしかしたら戦地への慰問品として輸送されていたもの――そして、何らかの原因で前の世界から喪われたもの――なのではないかと思い至る。外地遠征中の兵隊さんたちに故郷の味を届けたい、みたいな。
そう考えると、あんまり無遠慮に美味い不味いというのもどうかと思えてきた。
結果的には、ぼくらが癒されることになったんだしな。ありがたく、いただこう。
「「あまい……」」
あれこれ試した後で無難に楽しめる味に落ち着いたらしく、女性ふたりは片手にクッキー片手にクリームケーキみたいな子供の夢を実現したような状態で恍惚の表情になっていた。
それカロリーと脂肪分が高そうですけど、大丈夫ですかね。体型とかお肌とかに問題が発生したりしても、ぼくの責任ではないと思うのですけれども。




