金床亭
とりあえずコルニケアへの入国を果たしたぼくたちは、休息と情報収集を兼ねて宿を取ることにした。そろそろ、ちゃんとした食事もしたい。
なんだかんだで姫様とマークスは、一週間以上も野宿を続けていたらしいのだ。
らしいというのは、ぼくがマークスの身体に転生する前にも辛い日々があったという意味だ。仮にも一国の姫君が、よくここまで弱音も吐かずにやってきたものだ。
ともあれ、最初の街に入ると綺麗そうで風呂付きの宿を探す。近くに鉄鉱石が出るらしく、かなり栄えていて住人にも商店にも活気がある。
「ドワーフの種族特性として、基本的に整理整頓と清潔は習い性だ。職人や商人ともなれば、それは半ば強迫観念めいたものがあるらしい」
姫様の説明で、理解した。つまり、“ドワーフの街には、そう汚い宿はない”ということだ。
ドワーフは鉱山での採掘や鍛冶仕事に従事することが多いと聞いたので清潔感は期待してなかったんだけど、逆に仕事終わりには風呂に入るのが当然らしい。
そこまではわかった。けど意外に、“風呂付き”の方は難航した。大衆浴場が一般的なので、あまり内風呂がないのだとか。
うーん。それはわかるけど。いまはカネがないわけでもないのだから、姫様には内風呂に入ってもらいたい。
「いらっしゃい」
風呂付きの中級宿“金床亭”のカウンターには、恰幅の良い中年女性のドワーフが笑顔で立っていた。
「素泊まりなら金貨三枚、朝夜二食付きなら四枚。部屋は風呂付きだよ」
「食事付きで、ふた部屋お願いしたいんですけど、支払いについて相談させてもらえますか? ぼくら、ケウニアを通ってきたんで」
それを聞いた女将さんは嫌な顔を見せるどころか、こちらに同情するかのように溜め息混じりで首を振った。
「ああ、あの改鋳金貨かい。ご愁傷様ってとこだ。あんまり気を落とすんじゃないよ?」
「はい。それで、支払いは物納と割り増しと、どちらが良いですか?」
「どちらでも構わないけど、物で払ってもらった方が嬉しいね」
「そうですよね。鋳潰したり両替の手間とか」
「いいや、珍しい商品を見るのは楽しいじゃないか」
“嬉しい”って、文字通りの意味か。まさかの知的好奇心ベース。
「宿の一階に食堂を兼ねた料理屋があるだろ? その隅に雑貨も扱っててね。本当はそっちが昔からやりたかった“あたしの店”なのさ。だから、何か良い物があれば買い取りは弾むよ?」
ニコニコと話してくれる女将さんの顔を見ていると、ここまで辿ってきたクソみたいな奴らとの殺し合いで凝り固まっていた心が解けてゆくような気がした。
「姫様」
「なんだマークス」
「ぼく、この国が好きになりそうです」
クラファ殿下は、呆れ半分で笑う。
「奇遇だな。わたしもだ」
“武器庫”というだけに、取り扱い商品は武器や兵器がほとんどだ。
風呂に入ると部屋に向かった姫様を見送り、ぼくは“雑貨屋金床亭”に卸せそうなものを、あれこれと考え始めた。




