躓くものと消えたもの
「ひどく簡単な問題に思えるのだがな、マークス」
岩に腰掛けて軍用携行食を食べながら、姫様は不思議そうに首を傾げる。傾いたつば広帽子の下からキラキラの金髪が覗いて、妖精のように可愛い。
いや、それはともかく。
ぼくが装甲車両の導入に迷っているのを見て、何を悩んでいるのかと尋ねられ、状況と問題の説明はした。ぼくには簡単な問題とはとても思え……
「なぜ、降りてはいかんのだ?」
え、あれ? ちょっと待って。
「橋の前で関所の敵を殺したら、一度その“そうこーしゃ”とやらから降りて、貴様の“いんべんとり”に仕舞って、歩いて橋を渡れば良いのではないか?」
「……あう」
「橋が落ちるほどの重さだとしても、向こう岸でまた出せば問題あるまい? その場の敵は殲滅してあるのだから、危険もさほどないしな」
「そう、ですよね。うん。すごく、簡単な話だ」
あれ。なんだろ。何を悩んでいたんだろ。ぼくって、こんなに阿呆だったっけ。
「なに、わたしにも経験はある。気持ちが疲れているときは視野が極端に狭くなる。周囲がまったく見えなくなるのだ。それは、冷静に振り返れば理解できないほどにな」
「は、はい。すみません姫様」
「わたしがそうなったときには、マークスがいたからな。なんとか我に返って、生き延びることができた。貴様が困ったときも、わたしを少しは頼ってくれ」
「はい、もちろん」
ぼくが真剣な顔で答えると、姫様はふわりと穏やかに笑った。
◇ ◇
さて。買うとして、どれにするかだ。
金額的な制限制約もあるにはあるけど、まず性能的にどれを選べば良いやら悩む。当然ながら、前世で高校生だったぼくは装甲車なんて運転したことはない。たしか普通自動車でさえ身分証明書として免許を取っただけのペーパードライバーだったから当然だ。
自動車型なら操作方法もそう大きくは変わらないだろうけど、戦車の親戚みたいな無限軌道型は操縦できるか心許ない。とはいえ弓兵が大量に出てこられるとゴムタイヤでは不安、となって思考はグルグルと堂々巡りになってしまう。どうにかなると自分を信じて、勢いで装軌車両を買ってしまうか。
「とりあえず予算内で、っていっても……今後のことを考えると、あまり大きな出費はしたくないしな……」
値段の安い順に並び替えすると、トップには旧ソ連の装軌式装甲車――正式には“歩兵戦闘車”と呼ぶらしい――のBMP-1が“状態難あり”で大量に並んでいる。同じくソ連製装輪装甲車のBTR-70もだ。“使用に問題なし”って、その表記はセット購入したSKSカービンのときもそうだったけど、さすがに車両でそれは乗りたくない。密閉空間で死臭とかしてたら嫌過ぎ……
「ああ」
そこで、ぼくは気付いた。この“武器庫”に感じていた疑問が、なんとなく腑に落ちた。
ここに並んだ武器や兵器が、どこから来たのかってこと。元いた世界からこんな大量の使用可能な銃や弾薬、戦車や装甲車が消えたら問題になるに決まってる。
商品在庫一覧のラインナップと価格を見たとき、どうも違和感があったのだ。購入したSKSカービンも、いくら古くて難ありとはいえ弾薬付きの三セット三十丁にしては異常なくらい――三丁の値段かと思ったくらいに――安かったし。
あれ、たぶん元いた世界で、遺棄状態になった兵器だ。
ぼくみたいな人間が異世界に転移転生したように、ここにある武器や兵器も戦場でか事故でか輸送中にか知らないけど、元いた世界から消えた――ある意味で、死んだ――ものたちの、“第二の人生”なんじゃないのかな。
兵器と引き換えにこの世界から消えた金貨銀貨がどこに行くのか、誰が何のためにこんな取引の形式を作ったのか、それはわからないけど。
“武器庫”の本質は、“ビジネス”ではない気がした。
おそらく、ぼくがこの世界に、マークスの身体に転生したのと同じ、誰かの――あるいは、何かの――意思があるのだろう。
「どうしたマークス、何か困ったことでもあるのか?」
焚き火に枝を焚べながら、クラファ殿下がこちらを見ていた。
ぼくが“武器庫”のパネル操作をしていることは伝わっているのだろうけれども、同時に考え事をしていたせいで挙動不審になっていたのかもしれない。
「いいえ、なにも。大丈夫です、姫様。ありがとうございます。ぼくは、ただ……」
少し迷って、ぼくは笑う。姫様が見せたような、自然な表情になどなるわけもないけど。
「ここにいる運命を、感じていただけなんです」




