蘇る心
馬上で“武器庫”を立ち上げて、半透明の発光パネルに現れた商品在庫一覧を確認する。
これから会敵までどのくらい時間が掛かるのかにもよるけど、森のなかでエルフの猟兵と殺し合いになった場合、何が必要なのかなんて想像もつかない。
MG3汎用機関銃で薙ぎ払う? 十や二十の敵ならともかく、それをずっと続けられるわけないよな。音と銃火で居どころバレバレだし、デカい木の陰に隠れたエルフから早々に射殺される未来しか見えない。
「正直、戦車でも欲しいくらい……って、あるの⁉︎」
パッと見で表示されていた画像から判断したのだが、説明文によると戦車ではなく歩兵戦闘車だそうな。あんまり詳しくないので、違いがわからない。
しかも、微妙に買えない値段。まあ、買ってもド素人がふたりじゃ使いこなせないだろうな。いずれ仲間が増えたら考えてもいいか。
そんな先のことより目の前にある脅威だ。
もうちょっと安めの、装甲車両の欄を見る。画像を見る限り、種類は膨大だ。トラックの親分みたいのとか、積み木細工のバスみたいのとか、ドーピングしたジープみたいのとか。良し悪しを判断できるほどの知識はない。画面をタップすると詳細情報も出るが、チンプンカンプンの洪水でさらに迷うだけだ。
そもそもの話。たしかに防御力は無敵状態になるけど、サイズが厳しい。馬車より大きな車両なんて、森の小道でも厳しいのに。森のなかに分け入るなら、馬やバイクでも難しい。ああ、馬をどうするかも考えないと。
「マークス」
隣に並んだ栗毛の馬上で、クラファ殿下が穏やかな笑みを浮かべていた。
もしかして、“武器庫”を扱うぼくを見ていたのか? 周囲のひとたちに発光パネルが見えてないとしたら、ぼくの動きはちょっとした不審者のようにしか……
「ありがとう」
「は、はい?」
唐突に姫様から礼をいわれて、ぼくは静かに困惑する。
「いえるうちに、伝えておこうと思ってな。周りの者たち全てが敵になっても、お前だけは、わたしについて来てくれた。戦力としてだけではなく、心の支えとして……お前なしに生き延びることは出来なかった」
「やめてください、姫様。そんな、遺言みたいな。一緒にエルロティアまで行くんでしょう? ぼくは、そのためにお供してるんですからね?」
妙な空気を解きほぐそうと戯けて見せたぼくに、クラファ殿下は笑みを浮かべたまま頷く。
細かな事情は知らない。マークスの記憶からも、大まかにしか伝わってこない。でも殿下の顔が、死を覚悟した結果の落ち着きだということは、なんとなく理解できた。
「……ああ、そうだな。……そう、なればいいな」
「なりますよ、必ず。クラファ殿下には、傷ひとつ付けさせません。だって……」
いきなりドクンと、大きく胸が鳴った。グシャリと、目の前が歪む。何事かと焦ったものの、すぐ理由に気付く。
マークスが、泣いていた。
「だって、いったじゃないですか、ファム。コーリタニアの大っきなチーズ、ぼくに買ってくれるって!」
「マー、クス?」
どのくらい時間が経っただろう。我に返ったとき涙は止まっていて、姫様が呆然とこちらを見ていた。
「……す、すみません、いまのは……ぼくじゃない、です」
「わかっている。“ファム”というのは、母がわたしに付けた、幼名みたいなものだ。それに」
「チーズ、ですか?」
「ああ。エルロティアの山奥にある、母の故郷コーリタニアではな。焚き火で炙ってトロリと溶けたチーズを、全粒粉のパンに乗せて食べるそうだ。母からの話で、それが夢のように美味いと聞いてな」
姫様は、両手で大きな円を描く。
「製造工程では、こんなに大きいらしい。いつも腹を減らしていた彼に、わたしが約束したんだ。いつか、そのデカいのを丸ごと買ってやると。見るのも嫌になるくらい、食わせてやるとな」
どこかボンヤリした目でマークスとの思い出を語るクラファ殿下は、切なげでありつつひどく嬉しそうで。
それを見ている部外者のぼくは、かすかに胸が痛んだ。
「……忠臣との、約束だ。果たさないわけには、いかないな」