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登極の新王

 およそ三ヶ月が経った。たった三ヶ月。でも、これまでの人生で最も濃密でハイプレッシャーでハードスケジュールな三ヶ月だったと確信できる。

 瑞龍(オーギュリ)の承認を得て玉座に就いたとはいえ、国内外問わず問題山積。新王クラファ陛下とその配下たちには手数も場数も知識もコネも情報も足りない。何もかもが手探りで周囲は罠と敵だらけ。あらゆる手段と力技を使ってもなお、国を立て直すにはまだ長い時間が必要だと思い知らされた。

 それでも、着実に前進しているという実感はあった。どんなに事態が困難で辛く苦しくても、未来に向かっているのだという確信だけは、ぼくら“新王派(クラフィカ)”の誰もが抱いていた。


「気持ちのいい陽気だな、マークス」

「はい、陛下」


 クラファ陛下は王城のテラスに立ち、咲き誇る世界樹の花びらが柔らかな風に舞うさまを眺めていた。その隣で、少女姿の瑞龍も、ひらひら飛び交う蝶と指先で戯れている。

 どうやらこの地の季節は――元いた世界の基準でいうと――秋から冬に変わったはずなのだが、エルロティアの王都はむしろ春のような陽気に包まれている。この世界で、気候は四季や地域よりも国情と外在魔素(マナ)環境に左右されるようだ。

 エルロティアでは、そのマナが着実に増えていた。濃度も純度も安定して、王都の世界樹を中心に領土全域を循環し始めている。王都の経済的社会的復興はまだまだ先だが、最初に見たときの廃墟じみた印象はもうない。


「世界樹、大きくなりましたね陛下」

「そうだな。これもオーギュリの恩寵か」


 世界樹の花は、実は“花であって花でない”そうな。いわばマナの結晶のようなものだ。風に乗って飛び、そこを肥沃な草花の楽園に変える。舞い散る花びらがキラキラ光っているのは陽光の反射ではなく、魔力光と似た質のものだろう。


微かに輝く枝を広げていた。樹形も大きく瑞々しく変貌して、違う樹を見ているようだ。枝には青々とした葉を茂らせ、ゆるやかな風が吹くたびにキラキラ光を放つそれを舞い散らせている。


 クラファ陛下の母君がいわれていた情報によれば、王城や周辺地区には、まともな者は暮らせないのではなかったか。

 “何をするにも不便で手間とカネが掛かり命の危険が伴う”“いつでも強い風が吹き、寒く、薄暗い。光魔法以外の光は差さず、魔法以外の火も消える”


 つまり、その頃にはもう、エルロティアのマナは枯渇し、国体としては死んでいたのだ。


 ぼくは、化け物が世界樹に寄生していたことで、王都の外在魔素(マナ)が枯渇していたと思ってた。違う。神意に沿わない王が玉座に就いていたせいだ。ヘルベルだけじゃない。その前か、そのまた前か。


「オーギュリさん」

「ん?」

「クラファ陛下より前、神意に沿った王は現れなかったんですか」

「少し前にいた。その前にも、何人かいた」


 いたのか。それじゃ、ぼくの予想は間違って……


「だいたい、即位の前に殺された」


 ……間違って、なかった。しかも、想像以上に末期的状況。


「生きて世界樹に宣誓を行った王は、ずっと、ずーっと前。待ってるの、大変だった」


 神獣であるオーギュリもだけど、“友愛派(エルロタ)”のひとたちも大変だっただろうな。日常の暮らしも困難な環境で、よく我慢して待ち続けた。


「マークス、これは逃げるわけにはいかんな」

「ええ」

「すまんが、最後まで付き合ってもらうぞ」

「喜んで」


◇ ◇


 最初に公式訪問してくれた国賓は、コルニケアのアルフレド王だった。他に友好国などないのだから当然といえば当然だ。

 破天荒な無頼王は、護衛兼秘書のサシャさんだけを連れ、えらく身軽な感じで訪れた。


「“かわさき”で来た」


 そんな、チャリで来たみたいにいわれても。

 平定したとはいえ隣国にバイクの二人乗りで来るとか、国王として大丈夫なんだろうか。


バイク(あれ)は良いな。走っていると、迷いや悩みが吹き飛ばされて気持ちがスッキリする。馬で遠乗りするときみたいだが、もっと単純で直裁(ちょくさい)だ」


 気楽な声を聞いて、サシャさんが一瞬だけ眉をひそめる。それを見てアルフレド王がビクッと姿勢を正したのがわかった。このふたりの関係は相変わらずのようだ。


「次は、せめて“はんびー”にしましょうね、陛下」


 提案ではなく命令のように聞こえる声でサシャさんがいい、アルフレド王は軽く肩をすくめただけで流す。大きな乗り物は、あんまり好きじゃないのかも。


「ヒューミニアだがな。つい先日、王が崩御したそうだ」


 アルフレド王の言葉にぼくは覆わず息を呑んだが、クラファ陛下の顔に驚きはない。一瞬だけウンザリした表情が浮かんで、消えた。

 このタイミングでの国王死去は、死因が何であれ“弑逆(ころ)された”というような印象を受ける。それを行なうとしたら、少なくともメリットがあるのは第一王子しか残っていない。

 さすがにバレバレなんじゃないのかな……もう関係ないのかな。


元・第一王子(ケルファ)が王位を継承?」

「当然そうなる……だろうとは思うがな」


 直情径行なドワーフにしては歯切れの悪いコメントだ。王は含みのありそうな顔で首を振った。


「“ポッと出の妾腹(しょうふく)(まく)ってくる”なんて噂もある」

「ヒューミニア王に愛人はいなかったはずですが」

「それを証明できる者はいない。そもそもが無理やりの王位継承だ。対抗馬も手段を選ばんのだろう。どのみち結果は同じだ」

「周辺国にとって、ヒューミニアは沈みかけの船、ですか」


 クラファ陛下の言葉に、コルニケア王とその秘書は苦笑した。


「いや、もう舷側(ふち)まで沈んでる。立て直すのは無理だ。ひと月と持つまい」


 王宮内でずっと息子を守り支えてきた父王を(しい)した時点で、()()だったのだそうな。主君として仰ぐ価値なしと、国難を支えてきた忠臣たちがケルファから離れた。


「前ヒューミニア王は武力も知力も胆力も求心力も女運もない凡夫だったが……唯一、臣下には恵まれていた。各分野に精通した優秀な文官なしに政務は回らん。ただでさえ万全の態勢で、王家と貴族が一丸となっても傾きかねない惨状だったのにな」


 ぼくらが掻き回した感じでチラッと見てくださいますが――そして、一面の真実ではありますが――自業自得じゃないでしょうか。少なくともぼくは、殺したことを後悔している相手はいない。


「アルフレド陛下、ケルファの対抗勢力は、もう判明しているのですが」

「妾腹か? ああ。どういう経緯でどこから連れてきた何者かは不明だが、どうみてもケウニアの血が混じってる」


 軍閥を掌握していた故・第二王子(トリリファ)の故郷だ。政務に長けたケルファへの対抗馬を立てたのは、王国軍の連中か。もう死に体だろうに、懲りないな。

 いや、すでに退けないところまできてるのか。


「ヒューミニアの馬鹿どもは勝手に滅びればいいんだが……そんなことよりクラファ。マウケアの王が来るそうだな」

「はい、聞いています」


 ぼくもマウケア王の訪問については聞いていたけれども、マウケアという国については詳しくない。

 アルフレド王が治めるドワーフ主体――というか人種問わず技術馬鹿主体――の国コルニケアと、人間が多めではあるが兄弟のような国らしい。

 こちらは得意分野が農業と牧畜だっけ。


「そうだマークス。コーリタニアの住人に二割ほどいる人間種が、いまのマウケア王と同族らしい。人間のなかでも、獣使い(テイマー)の素養が高いという話だ」


 ぼくはクラファ陛下の話にうなずくものの、その種族のイメージはイマイチつかめない。

 コーリタニア、チーズが美味しい集落か。行こう行こうといってて即位後は政務以外でどこかに出かける時間など微塵もないままだ。

 先延ばしに次ぐ先延ばしで、陛下も()れて“チーズだけでも取り寄せようか”という話にもなったんだけど、なんとなくふたりで現地を見たいというのもあって順延されていた。


「あいつには気を付けろよ、特にマークス」

「え? ぼく、ですか?」


 両陛下の顔合わせなので、ぼくは裏方に徹していようと思ったのに。マウケア王、コルニケアの兄弟国っていうから安心してたんだけど、そんな要注意人物なのかな。

 そんな気持ちが丸見えだったらしく、アルフレド王とサシャさんは困った顔で首を振った。


「マウケア王は、悪い方ではないのです。ないのですが……」

「ああ。ただ、美少年に目がない」


「は?」

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