デスフロムアバブ
「オーギュリ、行くぞ」
「おー」
陛下たちが車外に出ると、ぼくはBTRをインベントリに戻した。戦車が接近する轟音を聴きながら、龍形に戻った瑞龍の背に乗って岩山の上まで出る。
岩山といっても平地との高度差は数十メートルしかない。相手が平地にいる間は主砲の仰角が取れるか微妙な高度差だったが、こちらが装輪装甲車と見做して深追いしてきた最後のメルカバは既に山の上を狙えない。ハッチ前に据付の対空機関銃でなんとか、といったところだ。
少女の姿に変わったオーギュリが不思議そうな顔でぼくを見る。
「マークス、オーギュリも、手伝うか?」
「戦闘は結構です。擱座した車輌の確認をお願いします。動くようなら岩陰に退避を」
「“たいせんしゃじらい”を食らって生き延びられるものか?」
「起爆した地雷の数次第では、攻撃機能は生きている可能性があります」
「わかった」
ぼくは武器庫を操作して、追加装備を調達する。
昨日の段階では実現性が不確実だったので先延ばしにしていた無誘導式の簡易対戦車火器だ。半日ほどで在庫に増減はあったようだが、大量にラインナップされているRPG-7を選んだ。これなら弾頭の選択肢も多いし、使用法もわかりやすい。
発射器をふたつ、弾頭はPG-7VRという直列二連弾頭の対戦車擲弾を十発購入。
購入後に弾頭が安っぽいビニールのバックパックに入って出てきたときは少しギョッとした。こういうものなのか、対戦車火器の弾頭なのに扱いがぞんざいすぎないか?
まず二本の発射器に装填して安全装置を確認、岩山の際まで行って谷間の道を見下ろす。ぼくらがBTRで逃げてきた狭い傾斜路を、メルカバが白煙を上げながら向かってくるのが見えた。
思った以上に移動が早い。山間に逃げる装甲車輌の追撃なんて、もう少し迷うと思ってた。
「肝の据わった老兵か、考えなしの馬鹿か……」
後方の安全を確認して、立て続けに二発。
一発目はわずかに逸れて車体右前で爆発。爆煙を見て逆側に逃げようとするが、主力戦車が旋回できるほどの道幅はない。
こちらが上から攻撃しているのを理解してるのだろう。車輌を停車させた戦車長の判断は一瞬だった。突破するか後退するか。どちらが正しいのかぼくにはわからない。どちらにしても結果は同じだったのかもしれない。
二発目は車体後部、というか張り出した砲塔の後ろに当たって派手な炎と白煙を上げた。
メルカバはエンジンが車体前部にあるというから、後部の構造がどうなっているのかは知らない。兵員輸送用の脱出ハッチがあるんだったか。考えながらも次弾を装填し、後退し始めたメルカバの砲塔上部を狙う。
三発目は上部ハッチ近くに刺さり、その頃には車体全体から派手な煙と炎が噴き上げ始めていた。乗員が脱出してくる様子はない。後退も惰性と慣性によるものだったらしく、車体は岩に乗り上げて止まった。
バチバチと重機関銃弾が爆ぜる連続音が響き、ぼくは岩山の縁から離れて陛下たちのところに戻る。背後で燃料なのか主砲弾なのか轟音を響かせて戦車が吹き飛んだ音と圧が伝わってきた。
「仕留めました。擱座車輌はどうです?」
「奥のは、ふたり出てきた。そのまま這って、北側の茂みに入ったままだ」
「気配が消えた。たぶん、死んだ」
瑞龍が断言するからには、そうなのかもしれない。
距離が一キロ半はありそうなので、双眼鏡で覗く。車輌前部からは煙が出ているけれども、戦闘機能が維持されているのかどうかは判断できない。視界を遮るものがないとはいえ、乗員が出てきたところでぼくの視力では見えなかっただろう。
「手前のは動かんな」
こちらは直線距離で一キロ弱くらいか。双眼鏡で見る限り履帯が外れただけのように見える。実際のダメージが読めないので、どう対処すべきか悩む。
「ひとり生きてる。もうひとり、死に掛けてる。ふたり、死んでる」
「それが最後の生き残りですね。こちらへの反撃の機会を伺っているかもしれません」
のこのこ車輌で接近したら撃ってくるだろう。かといって一キロ弱ではRPG-7など当たらない。もし射程は届いたとしても当てられる気がしない。
「ちょっと接近して仕留めてきます。クラファ陛下、合図をしたら援護を」
「いや、待てマークス。この距離なら、“いちよん”で問題ないぞ」
いちよん……M14DMRか。
「あれの装甲は通りませんが」
「大丈夫だぞ、上部ハッチから頭出てる」
オーギュリの指摘に双眼鏡で確認するけれども、頭が出ているようには見えない。そもそもハッチが開いているかどうかも怪しい。
インベントリで預かっていたM14を陛下に渡す。一発撃ってスコープを調整、二発目であっさりと頭を吹き飛ばした。何かが弾けたのは、ぼくの視力でも見えた。
すごいな。スナイパーライフルとはいえ、一キロ弱で人間サイズの的を当てるのね。さすがに弓の達人エルフの血を引いているだけのことはある。
「ご苦労だったな、マークス」
「いいえ。オーギュリさん、助かりました」
「うん。“ふるーつかん”の、おかえし♪」
「それでは、危険そうなものの回収を済ませて王都に戻るか」
ぼくらが岩山の上で立ち上がると、擱座戦車が思い出したかのように静かに燃え始めた。