異教の信徒たち
「ところで、クラファ陛下」
「ん?」
翌朝、ぼくは大きな岩で囲まれた尾根の上に陣取り、ひと晩掛けて埋設した対戦車地雷の位置を再確認していた。明け方に少し仮眠を取れたので、いまのところ眠気はない。
「瑞龍に弓引く者は神罰が下るのではないですか? 王都の城壁で、矢を放とうとしていたエルフが石化したように」
「そうだ」
「彼らは?」
遥か彼方、一キロほど離れた場所に布陣している三輛のメルカバ戦車を指す。いまはエンジンを落としているのか白煙も見えず動きもない。
昨日は上空を旋回するオーギュリに対して重機関銃弾を撃ち上げてきたのだが、神罰を食らったかどうかはわからない。
「あいつら、神との繋がりがない」
「え」
朝食に出したフルーツカクテル缶のシロップを幸せそうな顔で飲み干し、当のオーギュリがアッサリと告げる。
そんなことはないと思うけど……どうなんだろ。あの国に不信心者やら無神論者って、いるのかな。そりゃ例外くらいいるだろうけど。
「エルロティアに生きる者は全て、豊穣神の加護を受けている。ケウニアやマウケア、ヒューミニアでも同じだ。コルニケアでは主神は火神なので、少し違うようだが」
ああ、そうか。クラファ陛下の言葉で腑に落ちた。ぼくの理解していた“神との繋がり”のニュアンスが違ったようだ。
「つまり、彼らには彼らの信仰があるから、オーギュリによる神罰を受けない?」
「そう」
あまり興味がなさそうなオーギュリの返答の後、陛下からは実務的なコメントがあった。
「とりあえず、あいつらを石化で仕留めることはできないわけだな」
「お構いなく、こちらで対処しますから」
「あの、“たいせんしゃじらい”でか?」
「はい」
布陣する戦車の視界から外れた位置に計十二個の対戦車地雷を埋めたが、暗闇のなかでの埋設作業は生きた心地がしなかった。
元いた世界で中途半端に聞きかじった知識が作業を邪魔したのだ。“戦車用の信管は人間の体重では起爆しない”とか、逆に“痛みを感じるまでもなく粉微塵に吹き飛ぶ”とか、余計な情報ばかりが頭のなかでグルグルして、手が震えるわ頭は真っ白になるわで最後の方は何をどうしたのかあまり覚えていない。
「あれなら対戦車ミサイルの方が良かったかな」
いまさらすぎる呟きが漏れた。誘導式ミサイルなんて全くの未経験だし何の知識もない。その上、かなりの金額と巨大な発射システムなので購入に抵抗があったのだ(個人携行式のものは、なぜか“使用に難あり”しかなかった)。
でも冷静に考えれば、 未知識未経験は対戦車地雷だって同じだし危険性は大差ない。
前にもあった、寝てないときの“頭が動いてない状態”なのかも。そのとき陛下にいわれた忠告を思い出す。“大概、手遅れになるまで気付かん”だったか。いまのところ、手遅れになってはいない。……はず。
「マークス、何を悩んでいるのか知らんが、もう始めたことだ。戦場では、いちど決めたら迷うな」
「そうですね。はい、その通りです」
次善の策は、いざとなったら考えよう。
安価で操作も簡単な無誘導式の対戦車火器は複数の戦車と有視界で撃ち合うことになるので論外だったが、一定のダメージを与えた後でなら安全な利用方法もあるかもしれない。
「では、手筈通りに行く」
「お願いします」
BTR-70をインベントリーから出し、三人で乗り込むと同時にエンジンをスタートさせた。陛下には砲座からの攻撃をお願いする。さすがに重機関銃で仕留められるとは思っていない。戦車を誘い出すための挑発だ。
装輪装甲車の装甲では、主力戦車の砲弾を防げない。主武装の重機関銃では、相手の装甲を抜けない。最後っ屁は、すぐに稜線を越えて遮蔽の陰に逃げられる態勢でしかできない方法だった。
「射撃用意よし」
「始めてください」
ドンドンドンと腹に響く発射音が室内に響き渡る。ここまでの戦闘では頼もしく感じられた重機関銃の轟音が、いまは不安なくらいに頼りない。
「マークス、すごいな“せんしゃ”は。あいつ、“けーぴーぶいてぃ”を弾くぞ」
やけに嬉しそうな声で、砲座の陛下がいう。
そうなのだ。しかも、向こうの砲弾はこちらを空き缶のように吹き飛ばすというのだから理不尽なことこの上ない。
装填したのは第二次世界大戦で“対戦車ライフル”に使われていた焼夷徹甲弾なので全くダメージを与えてないということもないだろうが、少なくとも近代以降の戦車を倒せる決定力はない。理解し割り切っていても、戦場ではひどく心細い。
「動いた!」
「移動します、つかまって」
岩場の渓谷に入ったところで、崩れた岩が降ってきて激しく車体を叩く。同時に砲声が聞こえてきた。メルカバの攻撃を受けたらしい。直撃ではないが、崩れた岩と土砂を浴びて視界が塞がれる。
「ははははは♪ すごいなマークス、BTRの外殻は龍鱗並みだ」
「余裕ですね陛下もオーギュリさんも……」
距離を取って安全圏に逃げ込んだとき、地響きに続いて轟音が立て続けに上がった。
「最初は南側、次は南東側」
オーギュリがいった。始めに三輌が布陣していた位置に近いものが起爆し、続いてこちらに近い位置のが起爆した。先頭車輌が深くまで踏まずに突破してきたか。危なかったかも。
それより問題は、残る一輛だ。
「その後に爆発音はないですか?」
「ふたつだけ」
……そうだ。まだ、終わっていない。