鋼鉄の龍
アルケンヘイムから出て、陛下は周囲を見渡す。
「そういえば、神殿のなかにある孤児院と聞いていたがな」
「それ、神殿」
瑞龍が指したのは、円柱の根元だけが残った残骸。それが、いくつも並んでいる。撤去すればいいものを、ここにあったのが神殿であると示すために残したのか。とてつもなく悪意的な意図を感じる。
「なぜ、こんな」
「決まっているだろう。ヘルベルは自分が神意に沿っていないことを知っていた。王の器ではないことも、瑞龍の恩寵を受けることもないと理解していた。だからだ」
「だから神殿を破壊した? それは、あまりにも愚かな……」
「あの男は徹頭徹尾、迷いなく愚かなまま、真っ直ぐに狂ったままだ。いっそ真摯に思えるほどにな。自分に付き従って死んでいった者たちに対する、奴なりの誠意なのかもしれん」
「神殿、ただの容れ物。壊しても同じ。神は殺せない。神意は枉げられない」
オーギュリは素っ気なく呟くと龍形に変化し、ぼくらを振り返って首を下ろす。
“のって”
ぼくは龍の巨体によじ登り、足場を確保してからクラファ陛下に手を貸して引き上げる。鞍があるわけではないけれども、背びれのようなトゲが上手い具合に簡易シートと手すりのような機能を果たしてくれる。
“いくよ?”
「お願いします。場所はわかります?」
“たぶん”
ひょいと伸び上がるように立って、ふわりと翼をはためかせただけで瑞龍の巨体は飛翔を始めた。これ、魔法なのかな。揚力とかまったく関係ないみたいだ。質量を考えると飛ぶのがおかしいレベルだし。
巨体といっても翼長は五メートルほど。ハンググライダー程度なので、ふたりを背に乗せて軽々と舞い上がるのも不自然だ。
「どうしたマークス、龍に乗るのが怖いのか?」
首を傾げるぼくを振り返って、陛下が笑う。表情を見る限り、軽口をいってるだけみたいだけど。
「怖くはありませんが、不思議ですね。ぼくのいたところの常識で考えれば、飛べるはずがないので」
“オーギュリ、とびたいから、とぶの”
瑞龍の声が笑い含みで聞こえてくる。そんなもんか。まあ、神獣だもんな。
オーギュリはリベルタンとの国境線がある北側に向かって飛ぶ。高度は二、三百メートルほどで、速度は体感で新幹線くらいありそう。時速三百キロ前後か。本気を出したら、もっと速いんだろうな。最高速を出されても困るので黙っておく。
周囲に魔法的な防壁でも展開しているのか、いまのところ揺れも風も重力もさほど感じられない。
“あのやま、こえたとこが、リベルタン?”
「ああ。手前の、植生が切れているところがエルロティアとの境界線だ」
クラファ陛下の声に、瑞龍が飛ぶ先を見る。山がちなエルロティアと比較的平坦ながら緑の多いリベルタン。その中間地点に、草木のない平地が見えた。幅は一キロ前後か。そこだけ茶色い帯状になった平地が東西に延々と続いている。
ああいうものがあるから便宜的に国境線となったのか、両国の境界から草木を取り除いたのかは不明。ともあれ、そこがエルロティアの北限で、平地がリベルタンとの緩衝地帯らしい。
民に被害をもたらす“龍”の報告があったのは、そのあたりだ。
オーギュリは森の上空を旋回しながら戦車を探しているようだ。すぐに何かを見付けたらしく、北東方向にゆっくりとターンした。
“いた。ヘンなにおい、マークスの、のりものと、おなじ”
「たぶん、それですね。気を付けて、そいつの武器は、長い棒のようなものですが、そこから発射される砲弾は鋼の壁でも撃ち抜きます」
“わかったー”
今回は偵察と、武装解除が可能かどうかの見極めだ。まだ主力戦車に対抗できるほどの攻撃手段は入手していない。できれば、殺さずに投降させたいところなんだけどな。
……主に、コスト的な面で。
“クラファ、あれが……にせものの、りゅう?”
「そのようだな。どうかしたのか、オーギュリ?」
“りゅうに、ちっともにてない”
そりゃそうだ。でも、事前にミッケル翁から見せられた絵にはそっくりだ。それは、想像していた通りの戦車だった。イスラエル軍のメルカバ……Mk1か2か、砲塔に追加装甲のない初期の型だ。
ぼくの知る限り、あんな世代のメルカバはもう退役してる。イスラエルは輸出もしてないはずだから、ここにあるとしたら“死後異世界転移”したもの……なんだろうけど。
「……陛下、こちらに“内戦”て表現はあります?」
「国の内輪揉めだろう、偽王支配下のエルロティアがまさにそれだ」
「そうです。彼らが、ぼくの元いた世界で“他国の内戦に干渉するため侵攻した軍”の、兵士なのではないかと思ってるんです」
オーギュリが翼を翻して高度を取る。その横を轟音とともに砲弾が抜けていった。視界に収めていた戦車は砲身を上げる様子がなかったのでギョッとする。
「交渉には応じそうにないな」
“いいよ、もう”
瑞龍の“放射火炎が森に突き刺さり、そのまま広範囲を薙ぎ払った。木々をへし折り白煙を上げて戦車が緩衝地帯に姿を現す。いまのところ、さほどダメージを受けた様子はない。だが目下の問題は、メルカバの防御力ではない。
「うえぇ……あれは面倒なことになりそうですね」
「心配は要らんぞ。面倒なことには、もうなっている」
超信地旋回を行いながら重機関銃弾を撃ち上げてくる三輌の主力戦車を見下ろして、クラファ陛下は冷めた目で笑った。