砂の国から来た異人
「“せんしゃ”というのは、マークスの出した乗り物とは違うのか」
「砲塔付き装輪装甲車に、少しだけ似てますね。この鉄の帯に乗って動きます」
ぼくは絵に描かれた履帯を指す。見るのは初めてだろうに、ドワーフの観察眼なのか、かなり上手く表現してる。
「車輪で動く乗り物よりも遅くて非効率ですが、堅牢さは比較になりません。内部に立てこもった敵を引きずり出すのは、ほぼ無理でしょう。接近すら難しいと思います」
「降伏勧告をするべきかどうか迷っているところだが、野放しになった召喚者となれば交渉も一筋縄ではいくまい」
「……でしょうね」
「いざとなったら倒せるか?」
“武器庫に主力戦車の在庫はなかった。元いた世界で喪われた戦車がないわけがないから、ラインナップされない理由はわからない。ぼくの能力が上がれば制限解除でもされるのかもしれないけど、現状ないものはないし、たぶん待ってる時間もない。
対戦車兵器か。あった気はするけど、覚えてない。使う予定のない兵器まで詳細には見てなかった。
「武器を調達できるか、調べます。降伏に従うかどうかは、賭けですね」
クラファ殿下は、ぼくの声を聞いて片眉を上げる。
「“せんしゃ”の乗員は知り合いか?」
「いえ」
妙なニュアンスを嗅ぎ取ったか。絵を見て、嫌な予感が消えないのだ。先細りの砲塔に、サイドスカートの記号。いくつも突き出した棒は“致死の礫を撒き散らす”という、車載機銃だろう。こんなもん三梃も積んでる戦車は他にあんまり聞いたことがない。
たしか、この形は初期の型だった。後期には追加装甲で砲塔の形は変わってゆく。細かな年代までは知らないけれども、七十年代か八十年代か、中東がキナ臭かった頃の……イスラエル戦車、メルカバ。
「これ、ぼくの元いたところで厄介な人種が乗ってる戦車です」
「厄介、とは?」
「彼らにとっては、世界中が敵で。生き延びるためには手段を選ばず武力行使をしていたんです」
いまはどうか知らない。昔の話も書籍や映像からの知識でしかない。皆が皆そんな連中とまでは思ってないけど、少なくとも他国から見た歴史的としてみればそうだ。そんな時代の人間が、この戦車と一緒に異世界転移させられた挙句に、偽王の配下として軍務に就いていたのだとしたら。
おそらくイスラエル兵たちは、前政権が滅びたと聞かされたところで信じない。少なくとも、ぼくが同じ立場なら信じない。仮に信じたところで、“無条件降伏しなさい”といわれて唯々諾々とこちらに降るわけがない。
「殺される前に殺せ、か。敵に囲まれれば、そういう考え方になるのは理解する。わたしたちも、似たようなものだっただろう?」
「では、できる限り降伏を……」
「いや、必要なら迷わず殺せ」
クラファ陛下はぼくに正面から向き直る。真っ直ぐに目を見て、ハッキリと告げた。
「こちらに殺意を向けるのならば敵だ。殺されてやる義理などあるものか。同情するのは殺してからでいい」
「御意」
オーギュリが不思議なものを見るような顔でぼくと陛下に目を向けた。
「オーギュリも偽物の龍、見たい。クラファたち、そいつを殺しに行くなら、送る」
「それは助かるな。ぜひ頼む」