龍の正体
病み上がりに向いた食材を探してはみたものの、“武器庫”にそれらしいものは見当たらなかった。
「オスロさん、まだ彼らに普通の食事は難しいですよね」
「驚くほどの回復状態ですから、食べられるかもしれません。倉庫に残った麦で粥でも作ります」
オスロさんが倉庫から引っ張り出してきた穀物は古く、あまり状態が良くなかった。どこかの支援物資と思われる小麦粉と米と塩と油を“武器庫”から調達して渡す。
「それは、後で必要なら使ってください。とりあえず食材はこちらで用意します」
“友愛派”のひとたちに頼んで大鍋をいくつか持ってきてもらい、インベントリーで目に止まった集団調理用軍用糧食とやらを開封する。幸いメニューのひとつはホワイトライスだったので、ビーフシチューと付け合せの温野菜を混ぜて、少量の水で伸ばし気味にして煮込む。本来は別に盛られるメニューなんだろうけど、非常時なので我慢してもらう。というか、この世界のひとたちにはわからないか。
「美味そうだな、マークス。それは、“えむあーるいー”のようなものか?」
「はい、陛下。大人数用に調理して取り分けるようになっています」
調理が終わりかけたところで、段ボール箱に密閉容器のまま加熱できる専用キットが入っているのに気付いた。取り分け用の使い捨てトレイも樹脂製食器もある。至れり尽くせりだな、アメリカ軍。いまのぼくには、その恩恵を理解する余裕はなかったわけだが。
「どうしたマークス、困ったことでも?」
「いいえ、問題ありません。ぼくは日々成長するんです。失敗は繰り返さなければそれでいいんです」
「……?」
「マークス、もう食べていいか?」
部屋の隅に座った瑞龍から声が掛かる。不思議な容器に入った不思議な食べ物を見て、調理中ずっと興味津々だったのだ。
患者たちに食べさせるためのものだというのは理解しているため、テキパキ配食を手伝っていた。全員に行き渡った後でエレオさんから自分の分をもらい、いま嬉しそうにこちらを見ている。見た目は幼い少女なので、ちょっと可愛い。
「どうぞ」
「わあ……♪」
ぼくが取説を無視したため“ビーフシチューライス粥の温野菜入り”という妙なメニューになってしまったが、本来の料理を知らないひとたちには、なかなか好評のようだ。次は、ちゃんと調理しよう。
デザートのフルーツ缶やケーキやお茶まで全員に配って、足りないひとには缶詰や個人用レーションを積んでおく。ミネラルウォーターのシュリンクパックもだ。生死の境を彷徨い半分以上死にかけていたひとたちも、ぼく基準での“小康状態”まで持ち直した。
動けるようになった長老っぽいドワーフの男性が、クラファ陛下の前に跪く。
「新王陛下、わしは非純血エルフを束ねてきた老いぼれで、ミッケルと申します。こたびは皆の命を救っていただき、お礼の申しようもありません」
「礼は不要だ。このような事態を招いたのは、わたしの非力が原因なのだからな。これから再建するこの国を支えてくれるのであれば、貴様らの命、決して疎かにはせんと誓おう」
「……勿体なき、お言葉」
陛下たちが真面目な話をしているのが退屈なのか、瑞龍少女オーギュリはキョロキョロしながら部屋のあちこちを回り、指を振って謎の光を撒いている。まだ横になったままの患者たちはその姿を不思議そうに眺めているけれども、害はないと理解しているのか特に止める様子はない。
「オーギュリさん、なにしてるの?」
「じょーか!」
浄化? 部屋に入ってすぐフルパワーで魔法の激流に飲まれてしまったためイマイチわかってなかったけど、いま部屋のなかはえらいキレイになってる。チリひとつないとまではいわないまでも、死にかけの亜人を転がしておくには不自然なくらいに清潔で汚れも悪臭もない。
「ああ……もしかして、ぼくらが治癒回復を掛けている間も、浄化をしてくれた?」
「オーギュリ、汚いの嫌い。臭いのも嫌」
なるほど。神獣は綺麗好きか。結果的に、とても助かった。感謝の気持ちを伝えてお礼に何か出来ないかと尋ねる。彼女は少し考えた後、振り返ってニッと笑う。
「ももも」
「……も?」
「オーギュリ、ももも好き。また食べたい」
それは、あれか。レーションに入ってた缶入りの白桃シロップ漬け。最遊記で見た不老長寿の秘薬とかも桃だった気がする。神獣にも気に入られるのか。小さめの丸太くらいある巨大缶詰だったけど、みんなで分けたからひと切れずつだったもんな。
「“ももも”ではなく“桃”ですね。わかりました。今度たくさん手に入れておきます」
「楽しみ♪」
「おいマークス、オーギュリも、ちょっといいか」
クラファ陛下の声で、ぼくらは陛下とミッケル翁のところに向かう。ふたりの間には紙が置かれ、そこには何かの絵が描かれていた。それを見て、ぼくは急速に血の気が引いてゆくのを感じた。
「クラファ、それ何?」
「彼らが見た、“龍”の姿だそうだ。犠牲者の多くはこれを召喚するための贄にされたようだ」
オーギュリは首を傾げて絵を眺める。
「龍じゃない」
「それは、わかっている。だったら、この化け物はいったい何なのか、だ」
「クラファ陛下、そやつの外皮は大型弩砲の鏃も攻撃魔法も弾く硬さで、地響きを立て木々を薙ぎ倒して進みます。城壁を粉砕する放射火炎を吐き、致死の礫を撒き散らします。この国の誰も止められる者はなく、野放しのまま逃げられました。いまどこに潜んでいるのかはわかりませんが、あの脅威は天災としか申し上げようもなく……」
「ミッケル、貴様たちはこれと交戦したのか」
「いえ。こやつらはリベルタンとの国境線を押さえていますので、脱出を図った折に斥候からの報告を受けております。そのなかで、リベルタン側との戦闘を見たと」
「ああ、前にエレオから聞いたな。リベルタンとの国境には、脱出する民や物資の出入りを監視する“王党派”の警戒線が張られていると。では、この“龍もどき”はヘルベルの支配下にある……いや、あったのか」
「はい。いまは、おそらく野放しになっているでしょう。リベルタンに被害を齎せば紛争の火種ですし、こちらに敵意を向けてくるとなれば国が傾きかねません」
クラファ陛下とミッケル翁の会話を聞きながら、ぼくは悩んでいた。彼の持つ絵は上手じゃないけど、それが何なのか理解できるくらいには特徴を捉えていた。
「マークス。これは、お前が詳しいのではないか?」
ぼくにとっての問題は、“それが何か”ではない。“どうやったらそれに勝てるのか”ということだ。いまのところ、それがなかなかに難しい。絵から拾えた特徴から判断するに、そこに付随しているであろう人員も厄介だ。
「ええ。それは戦車ですね。ぼくの元いた場所では、地上最強の兵器でした」