表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/148

激流に流されて

「まずい、な」


 陛下が息を整え、ぼくを見た。思っていたよりも、覚悟していたよりも、状態はずっと悪いのだ。鼻を衝く臭気は、もはや死臭だった。


“すまん。事態は一刻を争う”

“問題ありませんよ。全力で行きましょう”


 死を待つ民を救えるなら。ぼくに出来ることは、何でもやる。彼らは、新王クラファ陛下の臣民なのだから。そして、その災禍を(もたら)したのは自分の登極が遅れたせいだと――少なくともクラファ陛下は――思っているのだから。


「……がッ⁉︎」


 身構え耐えようとしたが、一瞬にして無理だとわかった。意識は身体ごと揺すぶられ朦朧となる。必死で歯を食いしばるが、それでも悲鳴が漏れる。陛下が手加減してくれているのはわかるけれども、先ほどとは桁違いの怒涛のような魔力。そのままぶつけられたら、患者は治癒どころか破裂してしまいそうだ。

 治癒回復の効能を持った魔力の洪水を、ぼくが分散し拡散して周囲に散布する。なんていうんだ、この役割。頭が回らない。やっぱ“水撒きホースのアタッチメント”以外の表現が出てこない。

 視界が狭まり赤黒く明滅する。治癒対象である患者が並んでいるはずなんだけど、朧げなシルエットとしてしか認識できない。医師でもないぼくには個別の視認は必要ない。魔力の流れを当てられれば良いと思い直す。ぼくか陛下に何かあったら瑞龍(オーギュリ)が止めてくれるだろう。


“もう少しだマークス、耐えられるか”

“耐えてみせます!”


 陛下のためなら、という言葉は飲み込む。誰かのせいにはしない。自分で決めたことは、自分の問題だ。

 貧血寸前みたいに目の前に星が瞬く。まずい、けど……いま倒れるわけにはいかない。ぼくは自分が溺れないよう死に物狂いで魔力の渦を掻き分け、周囲に振り撒き続けた。


「がぁ、ああああぁッ!」

「……マークス」


 気付けば魔力の波は弱まり、ちょろちょろと流れ込んでは抜けていくだけになっていた。それがぼく自身への治癒回復を目的としたものだと気付く。痺れて痙攣していた筋肉や内臓に感覚が戻ってくる。服の下が濡れているので失禁でもしてしまったのかと焦るが、それが全身だったので噴き出した汗だとわかった。


「大丈夫か、マークス」

「……はい、なんだか……」


 ぼくは息を整え、クラファ陛下を振り返る。


「……まるで、生まれ変わった、気分です」

「冗談をいえるようなら問題ないな。見ろ」


 ぶち抜きにされた長い部屋……いや、倉庫か。小さめの体育館くらいあるそこには、百人近い傷病者がいた。ベッドも毛布も何もない木の床に転がされ、グッタリと身動きひとつしない。


「彼ら、は……生きられますか」

「ああ、死なせるものか。貴様が救った、わたしたちの臣民なのだからな」


 ひんひんと囁きに似た音が聞こえてきた。ひとつ、またひとつと音域を変え重なり合いながら大きく高く共鳴し広がってゆく。それが回復途上にある患者たちが立てるすすり泣きや呻き声なのだと、しばらく経って気付いた。


「……悪いが、マークス。もうひと働きしてくれるか」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ