開花する国
「ほら、クラファ」
外で響き渡る歓声を聞いて、オーギュリがテラスを指す。玉座の間につながるテラスみたいなところに出る大きな窓付き扉……扉型の窓?
「臣民が、戻ってきた。応えてやるのは、王の責務」
「戻ってきた?」
クラファ陛下の言葉に、オーギュリが頷く。
瑞龍オーギュリと“友愛派”……というか“クラファ派”のエレオさんから聞いた話を総合すると、偽王派閥が世界樹に寄生していたことで、ずっと王都は外在魔素が枯渇していたらしい。これだけの高度では、マナの支えなくして日常の暮らしは維持できない。それでも、逃げずに残っていた臣民たちは、家に篭って飢えや渇きや寒さに耐えていた。いつか、真の王が降臨されるであろうと信じて。
それが実現し王都が解放されたいま、彼らはその奇跡を言祝ため王城目掛けて集まってきているのだそうな。
「……ホントに? さっきまで、ひと気とか全然なかったけど」
「マークス、疑い深い。ぼく瑞龍なのに」
「そうですよ、マークス様。瑞龍様の言葉を疑うなど不遜非礼の極み。世界樹解放の最大貢献者でなければ神罰が降ります」
「そうなんですか。すみません物知らずで」
「まあ、ぼくは心が広いから怒んないけど?」
とかいいつつ、オーギュリは拗ねた感じで唇尖らせてる。ちょっと可愛い。思わず頭を撫でそうになって堪える。見た目は幼児というか、ちっこい子供なんだけどな。
「では、参りましょうか、陛下」
「ああ」
ぼくとエレオさんが扉を開けて、クラファ陛下とオーギュリがテラスに立つ。護衛のエルフ四人が素早く移動し、テラスの外縁部で陛下を守るための配置についた。そうだ。まだ完全に王都の安全が確保された保証はない。気を引き締めないと。
「マークス様も、どうぞ」
エレオさんがぼくに、陛下たちの左後方に進むよう立ち位置を指す。そこに向かったぼくは目の前の光景に息を呑んで立ち尽くしてしまった。
「……なに、これ」
冬枯れの雰囲気で廃墟じみた印象のあった王都は、いまや明るい空に穏やかな陽光が降り注ぐ常春の気配に満ちていた。気温も気候も完全に別世界だ。心なしか酸素濃度も上がってる気がする。
見上げると世界樹が微かに輝く枝を広げていた。樹形も大きく瑞々しく変貌して、違う樹を見ているようだ。枝には青々とした葉を茂らせ、ゆるやかな風が吹くたびにキラキラ光を放つそれを舞い散らせている。
「「「おおおおおおぉ……」」」
喜びと畏怖に満ちたどよめきがテラスにまで届く。階下を見下ろしたぼくは再び固まってしまった。
なにそれ。門前で見た臣民たちはせいぜいが百をいくらか超えるくらいだったけど、眼下に広がる王城の前庭には、少なくともその四、五倍にはなる大群衆が詰めかけている。どこにいたんだ、こんな大人数。視線を向けると、街中からどんどんこちらに向かってくるひとたちの姿があった。手に手に光る何かを持って、それを振りながら歩いている。前庭に集まったひとたちもそうだ。全員ではないけど、何か光るものを持って、必死に振っている。
「あれは……魔珠?」
「魔石ですね」
ぼくの呟きを聞いて、エレオさんが教えてくれた。魔石は地中から掘り出され、魔珠は魔物の体内にある。魔物以外にも、獣人やエルフやドワーフなど魔力持ちの亜人類からも採取されるため、魔珠は祝い事には使わないのだそうな。さすがに言葉には出さなかったけど、“亜人種を殺して手に入れた可能性があるから慶事に不向き”というようなニュアンスを感じた。まあいい。
「彼らは魔石を通じて、“内的魔力”を発光させているのです。陛下に身命を投げ出す意思表示として」
「え、いやそれは」
「大丈夫です、いまこの地に満ちた外在魔素は、あの程度の魔力放出では何の問題にもなりません」
うん。当然そうなんだろうけど。さすがに命を投げ出されても嬉しくないもんな。
光瞬くエレクトリカルパレードみたいな状況に気を取られて、クラファ殿下が何か民への言葉を述べられているのを完全に聞き逃した。従僕失格である。
「――わたしはこれより、エルロティアの再生を始める。志ある者に幸あれ」
短いスピーチは終わり、クラファ陛下は大歓声に迎えられる。振り返った顔は、さほど嬉しそうでもホッとしてもいなかった。
「さあ、行くぞ」
「行く? どこへです?」
「決まっているだろうが、アルケンヘイムだ」
状況を把握している――ぼく以外の――全員が陛下の言葉で即座に移動を開始した。
「エレオさんたちが解放されたのでは?」
「敵は排除しました。被害者の収容と治療も開始しています。被害報告も、まとめてあります」
アルケンヘイム。王都の東端、神殿のなかにある軍の研究施設。元は孤児院だったというそこに、“偽王派閥”に捕まった“非エルフ被差別民”が送られていたらしい。まだ詳細は不明だけれども、研究施設というからには生体実験でも行われていたんだろう。
クラファ陛下は、暗い目でぼくを振り返った。そうだよね。当たり前のことなのに、ぼくは勘違いしていた。そう思いたかったのかもしれない。いまこのときが、ハッピーエンドなんだって。
「敵を討ち果たしただけで終わるわけがなかろう。わたしの治世は、むしろここから始まるのだ」