玉座への道
押さえ込もうとするたびに、ますます強くなる殺意。これが魔導霧とやらの影響かと慌ててガスマスクを装着したものの、体調にも心境にも変化はない。拙いとわかってはいるが、感情の暴走を止められない。
フロアの奥に、玉座に向かう階段は見える。周囲に敵の姿はない。上階で待ち受けているのだろう。面倒だな、と思うのが半分。そして。心のもう半分が叫ぶ。
殺してやる。みんな。
「最初は、お前らか」
かすかな気配に向けてM4を掃射する。階段に向かう道筋の脇で火花が散ると床に影が差し、血飛沫を振り撒きながらエルフの兵士が数人、倒れ込んで痙攣する。
そういうことか。敵は待ち受けていたんだ、ここで。
柱の陰に飛び込んでM79を背中から下ろし、立て続けに破砕榴弾を送り込む。爆発するたびどんどん人影が増える。隠蔽魔法か認識阻害か、いままで見えていなかったものが見え始める。それぞれ口元を覆う妙な覆面を着けているのは魔導霧の影響を止めるためだろう。この霧、正気を奪う。階段目掛けて突進していたら、彼らのど真ん中を無防備なまま通過して、良いように集中攻撃を受けていたわけだ。
血糊を広げながら床で呻き蠢く敵兵に、9ミリ自動拳銃でとどめを刺して回る。ガスマスクで視界が塞がれ、自分の呼吸音もうるさいため周囲の気配が読み取りにくい。
まだ見えていない敵がいないかの確認を兼ねて、M4の銃身下装着ショットガンで鳥用小粒散弾を撃つ。
周囲に小散弾をバラ撒かば床や壁や柱に跳ねて被害範囲を広げ、隠れた敵の燻り出しができると思ったのだけど。静まり返ったフロアに、もう隠れている敵はいないようだ。
“……クス、……おい、マークス!”
ずっと遠くで響いていた音が、ようやく声となって頭に入ってくる。
“しっかりしろ。お前の狂気がこちらにまで流れて来て肝が冷えたぞ”
「ああ、はい。すみません。もう大丈夫です。ガスマスクを装着しました。霧の影響は抜け始めている、はずです」
“敵は”
「まだ一階層下のフロアですが、ここだけで二十ほどの伏兵を倒しました。オーヴァインとかいうのは、玉座の間でしょう。そいつの、特徴はありますか」
少しだけ、いい澱むような間があった。
“見ればすぐわかる。オーヴァインは短躯で白髪。簡単にいうと、エルフの耳を生やしただけのドワーフだ”
「……え?」
“ああ、貴様の場合は注釈が要るな。アルフレド王のような人物を思い描くと読み誤るぞ。ドワーフの良い部分は全部剥ぎ取り、悪い部分を煮詰めたようなものだと思っておけ。我欲と好奇心と妄執のままに動く、老成した幼児のような化け物だ”
全然イメージ湧きませんが。まあ、幼児性の残虐さを持った小さいオッサンか。
なんにしろ、捕まってるひと以外は殺すだけだ。見た目だけで敵か味方かわかれば良いんだけど。咄嗟の選別を、どうするかだな。
「このフロアの敵は排除しました。玉座の間に向かいます」
“注意しろ。最悪の場合、貴様は自分の身だけを守れ”
心を読んだかのように――念話の一部として伝わっているのかもしれないけど――クラファ陛下はサラッと命じる。無論、それが重い選択なのは理解した上での発言だろう。M4の弾倉を交換して息を吐き、ぼくは短く返答する。
「善処します」