アナザーヘイズ
廊下の端で、クラファ陛下愛用のM79グレネードランチャーを出す。ふだん陛下に渡している弾体は破砕榴弾タイプだけど、ここで使うのはM651という催涙ガスタイプ。識別しやすいよう弾体には帯状に赤い塗装がしてある。
初弾は大きめに仰角を取って廊下の端へ。室内の凹凸で不規則な跳ね方をするので、角度を変えて五発ほど打ち込むと廊下に白い煙が充満し始めた。
「がッ!」
「あ、ああああぁッ⁉︎」
廊下の途中にある部屋から、咳き込み噎せながら数人の男たちが出てきた。ちょっと反応が噴霧式殺虫剤を使ったときみたいな印象。
こちらはガスマスク装備だけど、彼らにそんなものはない。偽王ヘルベル派の何だかいう精鋭魔導師が毒霧を使っていたくらいだから、魔法的な防毒や風魔法による拡散くらいなら有り得ると思っていたけれども。配置されていたのは精鋭ではなかったのか、いきなりの事態に対処できず右往左往している。
燻り出しが済んだところでM79はスリングで背中に回し、廊下の先にM4のフルオート射撃を加える。
指切りで弾幕を集中させると、数秒で全員が悲鳴も上げずに崩れ落ちた。
ガスが残った廊下を進み、射殺を確認する。エルフが四名。服装からすると一般兵士のようだ。
突き当たりで折れて短い廊下を進み、また折れて同じような長い廊下を逆方向に通過する。催涙ガスで出て来た敵はエルフが六人。少しだけ増えた。M4で射殺して、廊下の先にあった階段に向かう。
「陛下、こちら二階制圧、上階に向かいます」
“わかった。こちらも、世界樹の化け物は大方始末したと思うが、こちらからでは裏側が見えん”
「残りは、ぼくの方で魔法陣を破壊した後でも結構ですよ」
催涙ガスは廊下に満遍なく広がっているが、見たところ上層への影響はそれほどない。死角から一発、上階の廊下に催涙ガス弾を送り込む。
「なんだッ⁉︎」
「これは、“魔導霧”⁉︎」
「違う! 退避しろ、げほッ!」
声のした方に破砕榴弾を送り込む。発射して数秒、ドンと破裂音がして悲鳴が上がる。廊下の端から覗き込むと、白いスモークが広がるなかに倒れている人影がひとつ。その隣で悶えているのがふたり。M4で止めを刺す。M79との持ち替えが煩雑だな。どうせM4に銃身下装着するならショットガンよりM203とかいうグレネードランチャーの方が良かったか。戦闘の最中に考えてもしょうがない話ではある。
廊下の奥に、赤い光が見えた。遮蔽の陰で慌てて伏せると、ぼくのいる側の突き当たりで爆炎が起こる。そこでようやく攻撃魔法を喰らったことに気付く。気が散っていた。対処が遅れた。もう少しで黒焦げになるところだった。
お返しに連続で破砕榴弾を発射する。廊下を跳ねながら転がっていった榴弾が時間差で破裂し、悲鳴と怒号が響いた。廊下の隅から顔を出すと、青白い光が見える。治癒魔法か。光が見えた辺りにM4の銃撃を加える。フルオートで十数発を叩き込んだところで、呻き声とともに光は消えた。
弾倉を交換して、廊下を進む。倒れていたのは魔法の杖みたいなのを持ったエルフがふたり。軍の魔導師だ。やっと雑兵以外が出て来たか。
「いまさらですが陛下、この城の最上階、玉座のあるところは何階層かわかりますか」
“ちょっと待て”
エレオさんに訊いてくれているのだろう、念話が少し混線したような感じになった。
今度は廊下の中央部分に広い階段があった。上層階に出るにはここを通るしかないのだろうけれども、登ってゆく途中に身を隠す場所がない。ここまでの交戦で、こちらの襲撃は完全に露呈している。
“階層配置が裏側と表側で違うようだ。数え方によるが、地上階から五層から七層上にある”
「目の前に、大きな階段があります。両側に……なんでしょうこれ、大きな太ったエルフ像が」
“初代の王だろう、見たことはないが。その階段を登り切った階層が、王族の居住する区画だ。その突き当たりに、玉座に上がる最後の階段がある”
「了解しました」
“気を付けろ、敵の精鋭が待ち構えているとしたら、最後の階段近くだろう”
「お任せください」
やっぱり、ここまでの敵は精鋭じゃないのか。そうだろうな。呆気なさすぎる。ただ、違和感はあった。
「なんだろ、あの兵士たちの……何かを、待ってるような感じ」