マイス
王城は、樹高百メートルを優に超える世界樹に巻き込まれて肩身が狭そうな感じに建っていた。
装飾が少ないのも表層が素っ気ない素焼きレンガみたいな質感なのも、エルフの国の主城というには些か、夢のないディテールに見える。
個人的に勝手なエルフのイメージで解釈すると、あまり人工的な素材が好きじゃないのかも。
城の周囲を三メートルほどの城壁で囲まれ、その外側には堀が巡らされている。最初はそういう防衛プランだったのだろうけど、世界樹の根で壁は貫かれ堀にも橋が渡されたようになっているので既に防衛上の意味は失われている。
こんな状態になる前に移設するわけにはいかなかったのかな。他人事としては、なにもこんなとこに政治と権威の象徴を置き続けなくても良いんじゃないのかと思ってしまう。これじゃ陽も差さないだろうし、そもそも建物だって樹木の成長で壊されそうだ。ぼくの知ったことじゃないけど。
開け放たれた城門をくぐって、正面の入り口に向かう。
“マークス、そちらの頭上にいる五、六体、撃ち落とすが良いか”
「了解、大丈夫です」
ベチョリと湿った音がして、城の中庭に“眷属”たちが続けざまに落ちてきて潰れた。魔物の姿を保っているので、まだ息があるようだ。頭を吹き飛ばして回ると、それぞれエルフの姿に変わって動かなくなった。
やりきれないな、こういうの。
「では、こちらは城内に入ります」
“頼む”
正面入り口は両開きのドアで、ロックされていた。蝶番になった側をショットガンで撃つ。鹿撃ち用散弾では分厚い木材と魔導防壁に弾かれて壊れるところまでいかない。マガジンチューブに入った分を撃ち尽くしたので、熊撃ち用一発弾を込めてドアの施錠部分と蝶番を破壊、再びバックショットを装填した後でプラプラになったドアを蹴破る。
身体強化された実感はなかったけど、それなりに恩恵はあったのかもしれない。縦横三メートル近い大扉が吹っ飛んで内部の調度品を薙ぎ倒した。いくつか悲鳴が上がったところをみると、ぼくの突入に備えた兵員が配置されていたようだ。
遮蔽の陰からモスバーグを突き出して、さっき声がした方に数発。散弾が跳ね回って何人かが転げ回る。彼らの被害に反応して動き出した気配の方にも数発。青白い魔力光が瞬いて、魔導防壁に弾かれたらしいことがわかる。続けざまに撃ち込んでゆくと呻き声と悲鳴が上がった。魔法も、銃弾の前では押し負けるようだ。
使った分の弾薬を再装填して、耳を澄ませる。物音は聞こえなかったので、そっと入り込んで遮蔽まで移動した。
内部は明かりが灯されていて、エントランスが温かな光に照らされている。穏やかな光景に、異物が混じっていた。ひしゃげたドアの残骸と、穴だらけの死体。シンプルだけど高品質な感じの絨毯の上に、七、八人のエルフが血溜まりを広げていた。
半分は転がったままピクリとも動かず、もう半分はゴボゴボと血を吹いて痙攣している。どちらにせよ反撃能力はない。階段に向かううちに、背後は静かになった。
階段の手前で手摺りの陰に隠れ、上階を狙う。ぼくもぼくの身体も、気配や危機の察知に関してはあまり自信がない。その上、瑞龍の気遣いのお陰で不死の能力も失ってしまったのだ。用心するに越したことはない。
オーギュリは“呪い”だといってたけど。それでも、ぼくには必要なアビリティだったんだけどな。
踊り場で手摺りの脇に隠れたところで、上階から炎弾が降ってきた。発射地点とその周囲にバックショットを撃ち込む。これ、硬い敵じゃないなら鳥撃ち用の散弾の方が良いかも。いや……
ぼくは思い立って、軍用散弾銃からM4カービンに持ち替える。米軍用のアサルトライフル。比較的軽量で短いので取り回しも良い。散弾よりアサルトライフル弾の方が貫通力があるから、木製の建物のなかなら使い勝手がいいはずだ。
念のため銃身下装着のM870ショットガンにバックショットを装填しておく。三発しか入らないけど、気休めにはなる。
攻撃魔法を撃ってきた敵を確認すると、エルフの三人組だった。装備は揃いの革鎧に手槍。魔導師というより兵士に見える。エルフだと、炎弾程度の攻撃魔法は杖とか要らないのか?
「さて、階段……は」
百メートル近い廊下を先まで進まなければ上階に向かう階段がないようだ。この妙な設計、当然セキュリティのためなんだろうし、どこかに敵が隠れているんだろうな。
この間にも、上階では魔法陣で魔物を生み出しているんだ。いちいち掃討戦みたいな敵脅威の除去をしている余裕はない。ぼくは“武器庫”の商品在庫一覧を叩いて必要な装備を出す。
「陛下」
“マークス、無事か”
「問題ありません。ひとつ、お訊きしたいのですが。この城に敵以外のひとはいますか。使用人などがいるなら考え直す必要があります」
“いるとしたら最上階、玉座の前だ”
新王に敵意を持たない者がいるとしたら、“眷属”に変えて敵対させるということだ。
「了解です。では、中層階は問題ありませんね」
“マークス、何をするつもりだ?”
わずかに不安そうなクラファ陛下の声が耳元で響き、ぼくは静かに応える。
「毒で、敵を燻り出そうかと」