世界樹の影
「魔物? 王都に?」
「正確には、ヘルベルの眷属なのだろうな」
「え」
世界樹というのは、樹木のようで樹木でない。それ自体がひとつの――聖なる存在ではあるが、魔力を持ち意思を持って行動するという意味で――魔物に近い存在なのだそうな。
そこに集っているのは、黒っぽい肌に短い体毛を生やし四つ足で這う体長二メートルほどの生き物。数は概算で三十ほどはいるか。世界樹の裏側が視界外なので、もっと多い可能性もある。
体型的な見た目はスリムなオランウータンという印象で、動きだけでいえば毛の生えたイモリという感じ。要するに、得体が知れない何かだ。
一応仮にも王を名乗るヘルベルが、自らの膝下である王都でそんな化け物を眷属にしていた理屈がよくわからない。
「いま樹幹に取り付いている、魔物は世界樹の魔力を自らの糧にしている。そうしないと生きられないからだが、そう造られたからであって彼らの咎ではない。そのことで神罰を下すことは出来ん」
自分の力をもってすれば排除は可能だが、世界樹を傷付けることになるしな、と少女オーギュリは首を振る。
「待って、造られた?」
「ああ。あれも元は、エルフのようだ。精神は縛られ、神に助けを求めている。つまりは、その依り代である世界樹に、だ」
助けられるのかと、ぼくはクラファ陛下を見る。彼女は小さく首を振り、オーギュリを見る。神獣だか神使だかの力であればワンチャンあるのかと思えば……
「死をもって解放してやる他ない」
「……そんな」
「ヘルベルは禁忌の呪法を使って彼らの魂を汚した。残念だが、もう元には戻らん」
「マークス」
クラファ陛下は、静かにぼくを見る。彼女の視線が行く先を辿り、王都の住人たちが注視していたことを思い出す。
そうだ。この障害排除が、新王登極の第一歩となる。無事に済ませなければいけない。臣民の前で、迷いや躊躇は見せられない。王都の安定のために、そして登極の宣誓を行うためにも、世界樹の解放が必要なんだ。
「了解しました。少しだけ、お待ちを」
ぼくは“武器庫”を開き、半透明の発光パネルに並んだ商品在庫一覧を調べる。横でオーギュリが興味深そうな顔をしているのはわかったけれども、いまはそれどころではない。
「オーギュリさん、あの魔物は、頭を射抜けば死にますか」
「ああ」
「ふつうの人間やエルフより頑丈だったり素早かったり凶暴だったりは」
「する。巨鬼程度か」
そういわれても、それがどの程度かわからない。フルサイズの小銃弾でなら、なんとかできるか。
ぼくは住人の横にいたエレオさんを呼ぶ。
「なにか、お手伝いできますか」
「ええ、お願いします。世界樹周辺の住人を避難させてください。こちらの武器を使うと逸れた鏃が飛びかねないので」
「そちらはご心配なく、“友愛派”の手で避難は済んでいます」
「ありがとうございます。では、そのまま誰も近付かせないようにお願いします。それと、元兵士の方に、クラファ陛下の護衛を」
「承りました」
クラファ陛下からUMPサブマシンガンを受け取り、代わりに武器庫から出した銃を手渡す。ぼくは別の銃を持ち、その後の対処を行うつもりだ。
「マークス、これは」
「M14DMR、遠距離まで弾丸が届く威力の高い銃です。装弾数は二十、予備弾倉は五つお渡ししておきます。上に載っているのは、遠くが見える射撃用の照準装置。調整はこちらのつまみで」
スコープの調整を説明し、予備弾倉と予備の弾薬を渡す。その場で簡単に試射を済ませ、エレオさんに観測手を頼む。無論ぶっつけ本番でやることではないけれども、他に方法もない。
世界樹に極力ダメージを与えず、オーガとやらに匹敵する魔物を倒すには7.62ミリNATO弾くらいが最適解だろうとの判断だ。ひたすら壊してしまえ、という大雑把な戦法ならBTR装甲車のKPVT重機関銃か副武装のPKTで叩き落せばいいのだろうけれども。
精度の高いボルトアクションライフルも考えたが、世界樹の頂上まで距離五百メートル以内となればセミオートの利点の方が大きいと判断した。
「貴様はどうするつもりだ」
「姫様……失礼、女王陛下に魔物を叩き落としていただければ、始末はこちらで行います」
追加調達したモスバーグM500というショットガンだ。魔物相手に威力が必要といっても、十数キロあるMG3を抱えて走り回るわけにもいかない。かといってM4の5.56ミリ小口径弾では荷が重い。銃身下に装着したショットガンで対処する手もあったが、ぼくの役目はクラファ陛下が射落とした敵の掃討と割り切って射程も装弾数も捨てた。鹿撃ち用の大粒散弾ダブルオーバックを八発装填、本体重量三キロちょっとの軽量を生かして駆け回る覚悟を決めた。
「マークス、わたしの用意は済んだぞ」
「こちらも、行けます。エレオさんは」
「こちらは、お任せください。マークス様」
「はい?」
双眼鏡を構えたエレオさんが、真剣な目でぼくを見た。
「ご武運を」