瑞龍
ぼくは飛来する対象を捕捉しようと砲塔を旋回させる。こんな山の上まで飛んでくるような味方はいない。そういう敵も知らないけれども。
視界に映ったのは翼を生やしたトカゲのような代物。龍、なんだろうか。何者かが騎乗している様子はない。
元兵士のエルフたちが、砲塔の潜望鏡から覗いてたぼくを慌てて止める。
「あああ、マークス殿、敵じゃないです!」
「撃たないでくださいね⁉︎ 大変なことになりますからね⁉︎」
「え、ああ……はい。なんです、あれ。飛龍とか?」
「いえ、瑞龍ですね」
おーぎゅり? 聞いたことないんだけど。
近付いてくる姿を見ると、頭から尾の先までは五メートルほど。翼長も同じくらいか。体表は白っぽい鱗に覆われているが、真珠のようにカラフルな輝きが混じる。
「もしかして、偉い龍?」
「神獣です。吉兆を齎す神の使いだと聞いています……が、まさか実在するとは」
「え?」
戦闘職も事務方も、エルフたちは全員が緊張と感動で気もそぞろという感じ。慌てて側面ハッチを開けて飛び出すと、片膝をついて頭を下げている。ぼくはリアクションに困っていた。元日本人のぼくとしても、宗教意識が希薄だったらしいマークスにとっても、神といわれても半ば他人事である。それがエルフの神なんだとしたら、ぼくは部外者だ。天井ハッチから顔を出して振り返ると、周りにいたひとたちは全員が平伏していた。
クラファ陛下もだ。拙い、ぼくだけ礼儀知らずな状態か。とはいえ従僕としては周囲の警戒を解くわけにも……って、城壁上に現れた人影を見て一瞬それが敵か味方か判断に迷う。
女王陛下に向かって弓を引き絞るのを見て、それがヘルベルタの残党だとわかった。
「クラファアァ……ッ!」
くそッ、こんなときに! みんなの意識がドラゴンに向いてるのがチャンスと踏んだか。ぼくはクラファ陛下の前に立って庇いながら人影にM9自動拳銃を向ける。他の武器は“武器庫”のインベントリーに入ったままだ。出し入れしている時間はない。距離は二十メートル近い。長弓相手では撃ち負けるかもしれないが、陛下を守れさえすればチャンスはある。
「マークス、よせ!」
初弾を撃ちかけたところで、城壁上に光が走った。危うく射撃を中止したぼくの拳銃をクラファ陛下が押さえる。
「神獣の前で武器を抜く奴があるか、阿呆」
「え」
「発砲していれば、神罰が下るところだ。見ろ」
城壁で矢を放とうとしていたエルフが、並んだまま石化しているのが見えた。罰を受けたということは、矢を放つところまでいったのだろう。おそらくぼくも、あと一歩で石化させられていた。この場合、不死者の力がどういう形で現れるのかは不明だけれども。
「控えよ」
「は、はい」
女王陛下にいわれて、ぼくも平伏したままのひとたちに倣い跪く。
瑞龍は、ゆったりと羽ばたきながら、ぼくらの前に降り立った。翼を広げた巨龍が着地したというのに、振動も爆風もない。ふわりと静かなそよぎが頰を撫でただけだ。
“なんか、ヘンなのいる”
神々しい感じのドラゴンなのに、声はいくぶん吹き替えっぽい感じで軽い。しかも、第一声がそれか。なんだ、ヘンなのって。ふつうに考えてお前が一番ヘンだろと思わんでもない、が……
うわ、ドラゴンめっちゃ見てる。なにそれ。あまりにも長いこと無言で凝視するから、怪訝な顔でみんなこっち向くんだけど。クラファ陛下まで。
「え、ちょっと待って。いまの、“ヘンなの”って、ぼくのこと?」
“あたりまえ。オーギュリのこえ、きこえるの、ぎょくざの、あるじ、だけなのに”
キョトンとした顔で見ているひとたちは、この声が聞こえていないのか。なんとなく女王様には聞こえてるみたいだけど、こちらはこちらで不思議そうな顔してる。
「……おい、マークス」
「はい、女王陛下なにか」
「貴様は、なぜ光っている?」
“しんしの、かご”
しんし……って、“神使の加護”⁉︎ ちょっと、何してくれてんのドラゴン⁉︎