雌雄
BTRの鼻先からヒョイと飛び降りたクラファ殿下は、手招きするような仕草で敵を誘う。
「さて、始めようか偽王」
「……ッ!」
肩の力が抜けたクラファ殿下と、ガチガチに力み切ったヘルベル。対照的なふたりが十メートルほどの距離を置いて対峙する。身長百六十そこそこで華奢な姫様に対して、百九十近い長身で筋肉質のヘルベルは大人と子供以上の差がある。……はずなのに。
完全に呑まれているのは相手の方だ。こちらの銃器による蹂躙があった直後とはいえ、そこには王としての器の差が出ているように見えた。
支援に動こうとした盾持ちに、ぼくはクランクを回して砲塔を向ける。
「動くな。邪魔するものは、肉片に変える」
聞こえたかな。聞こえたみたいだな。生き残りの十人ほどは、慌てて距離を取って、岩場の陰に逃げ込んだ。
「はぁッ!」
まず動いたのはヘルベルだった。全力の踏み込みと、全力の斬り下ろし。姫様は半身になっただけで躱す。
背後に回り込まれると思ったのか飛び退って水平に振り抜くが、そこには誰もいない。姫様は躱した位置のままで、“真の王”は首を傾げる。まだ腰の細剣を抜いてもいない。
「何に、怯えている?」
「抜かせ!」
大きく振り被っての斬り下ろし。そこそこ速度と威力はあるが、直線的で単調だ。姫様も同じ印象を持ったのか、今度は躱しもせず踏み込むと、手首を返して地べたに転がす。
「ぐぬぅッ!」
ヘルベルはまた敵の位置を確認もせず足元を水平に払った。
「視力が、落ちているか」
ポソリと呟いた声がぼくの耳にも届く。それを聞いたヘルベルは剣を下げ、斬り上げの構えを取る。
「魔素中毒か。器に合わない力を……」
「黙れ!」
ブンと振り上げられた剣先はクラファ殿下に届かず、なぜかヘルベルは意外そうな顔になる。マークスの知識で、それが視力ではなく魔力探知によって行われた攻撃だとわかった。姫様が気配をズラしたために距離感を読み損ねたことも。
フッと沈むように動いた姫様の身体が、一瞬でヘルベルの懐に入り込み土手っ腹をカチ上げた。
「げぅッ!」
ボディブローなのか膝蹴りなのか見えない打撃で宙に浮いたヘルベルの長身が、錐揉み状態で岩壁まで飛んでゆく。二撃目がバックハンドブローだったと、終わった後になって気付いた。
岩壁に激突して転げ落ち、偽王はビクビクと身悶えする。姫様がつまらなそうに見ているのは、後ろ姿からでもわかった。結局、ここまで一度も剣は抜いていない。
「へ、陛下をまもッ……ぎゃああぁッ⁉︎」
盾を重ねて動き出した兵士たちの爪先に、ぼくはPKTの掃射を浴びせる。小銃弾に足先や足首を砕かれた兵士は盾を放り出して悲鳴をあげながら転げ回った。
「動くなと、いったぞ」
主武装のKPVTでは姫様に流れ弾が行く可能性を考えての判断だった。すぐに死ぬことはないが、当座の無力化は果たせた。
「マークス、もういい」
ぼくに射撃中止を命じると、姫様は片膝立ちで呻くヘルベルにゆっくりと近付く。
折れたか痺れたか不自由な手で長剣を構えようとしている。剣の握りが逆手なのは自害の意思か抵抗の意思か判断に困るところだ。
「介錯が必要か?」
「ひ、控えよ! 我こそ! エルロティアを統べる……」
自死を選ぶほど殊勝な性格ではなかったらしい。姫様は無言のまま、一刀のもとに首を斬り飛ばした。風魔法か貴人の加護か、吹き上げる血飛沫は一滴たりとも彼女を汚すことなく、霧散して彼方に流れ去る。
クルクル回って落ちてきた首は、崩れ落ちたヘルベルの胴体にキョトンとした顔のまま乗った。
「簒奪者の戯言は、勝利の場でのみほざけ」