俑
あれ。偽王ヘルベル、逃げたの?
となると、こっちは王城に向かうべきなのか追い立てるべきなのか迷う。判断するのは当然、姫様だけど。
「ぎゃ、ぁあッ!」
パシンパシンと銃声が鳴るたびに悲鳴と血飛沫が上がって、近衛剣士が転げ回る。最低限の治癒魔法が使えるのが、完全に裏目に出てる。嬲り殺しにされかけているのを理解しつつも魔力が枯渇するまで掛け続けてゆく文字通りのデスマーチ。もう冷静な判断力なんて残ってないのかも。
「ふむ。ご苦労だった」
なにやら最後の会話を済ませたようで、姫様はベレッタの9ミリ弾を近衛剣士の額に撃ち込む。
そこでスライドが後退状態で停止したということは、彼は十五発も喰らい続けたのか。
「……待たせたな」
少し疲れた顔で、クラファ殿下はBTRの天井ハッチから車内に戻ってきた。
姫様も一応は気を使ったのか、尋問と射殺はBTRの後部座席から見えない位置でやっていた。とはいえ何をしているかは音だけで完全に理解できる。怒らせたら次は自分がああなる、みたいな誤解をするのも理解できなくはない。
「ああ、子供たち」
「「……ッ⁉︎」」
無言のまま固まっていた後部座席の面々は、ふと振り返った姫様を見て息を呑んだ。
ザワリと総毛立った音がするほどに緊張し震えている彼らに、殿下は少し悲しそうに笑う。
「エルロティア領内で、もう王党派の脅威は心配要らん。お前たち、帰る場所はあるのか?」
「……あ、いえ、はい。でも」
子供らは怯え切った顔を見合わせ、返答に迷う。年長者のアイマンを中心に魔導師エイケルとお姉さんマータが視線で語り合うが、すぐに答えは出なかったようだ。
「いまでも後でも、送って欲しいところがあれば、好きな場所まで連れてゆく。考えておけ」
「……はい」
姫様は小さく息を吐いて助手席に座ると、バスの補助席程度のものでしかない粗末なシートに背を預ける。
「城に向かいますか。それとも先に……」
「ああ、ヘルベルを殺す。なに、道は同じだ」
エルロティアの王城に向かう道は一本だけ。脇道に隠れてやり過ごす以外に、進撃して来る敵から逃れる道はないそうだ。
なんだその無理ゲーな地理条件。敵味方が同一条件でありさえすれば、守りに向いた地形ではあるんだろうけど。
「この先……右手奥の中鋒にある頂上湖を回り込むと、北側の断崖から降りる別ルートがあるにはあるそうだ。だが、獣人の俊敏性と体力がなければ無理だろうな。おまけに数ファロンの登攀や降下をしている間、見付かれば良い的だ。王を名乗る者が取り得る手段ではない」
「途中どこかで隠れていると考える方が自然でしょうか」
姫様は頷いて、ぼくに前進の指示を出す。
「やりすごせそうな場所は二箇所。二十キロメートルほどのところにある洞窟と、三キロメートルほどのところにある廃村だ」
それを聞いて、後部座席の空気が固まった。
ぼくも姫様もその意味が理解できて、思わず振り返る。みな“答えたくない”という顔をしているが、そういうわけにもいかない。
王族としての責任からか、姫様が嫌われ役を買って出てくれた。
「アイマン」
「はい」
「ミケルディアというのは、お前たちのいた村か」
「……はい」
「そこに、生存者が残っている可能性は」
うひぃん、と幼子の何人かが泣き崩れるのが聞こえてきた。
「ありません」
「戻って暮らしたいか。それとも、同胞たちの墓として安置するべきか」
「……」
「いずれにせよ奪還はする。偽王ヘルベルが隠れているならば殺す。その後は、お前たちが決めるが良い。もし暮らしていきたいのであれば、他の純血エルフ以外とも協力して、最大限の援助を行うと約束しよう」
沈黙の後で、アイマンがボソリといった。
「俺は、ミケルディアで生きたい。死ぬなら、あの村で死にたい」
「ぼくも」
「わたしもです、陛下」
年長者三人の決定に、幼い子たちも頷く。
「マークス」
「御意」
決まりだ。ぼくたちは、ミケルディアを取り戻す。