捩れた神輿
BTRの車体からヒラリと飛び降りたクラファ殿下の手には、ヒューミニア騎兵から奪った細剣。
まさか剣士相手の決闘に本気で応じるなんて思ってもみなかった。かといってぼくには手出し出来るほど剣の腕はなく、援護射撃も止められている。
M4カービン装備で屋根に立ってはみたものの、彼我の距離は二十五メートルほど。混戦になったら姫様を誤射しかねない。黙って見守る以外に出来ることもないのだ。
「いやあああぁッ!」
近衛剣士のアーバレストとやらは威嚇射撃の衝撃から立ち直ったらしく、一瞬で距離を詰め長剣での抜き打ちを放ってくる。
姫様は頭を傾ける程度でいなし、細剣をチョイと軽く振った。
「ぐ、あぁッ!」
地面に転がった白っぽいものが切断されたエルフの耳だとわかって、姫様の静かな怒りが感じられた。
顔に掛かる血飛沫を物ともせず、切り返して水平に斬撃を放つアーバレスト。姫様はスルリと内懐に飛び込んで躱すと、振り抜かれた勢いのまま伸びた相手の腕を斬り上げた。
「つぁッ」
剣士の両手首が、長剣と繋がったまま宙を舞う。もう用は済んだとばかりに、姫様は細剣を鞘に収めるとBTRの鼻先に飛び乗る。
「……ぉ、お……」
困惑の表情で己の手首の切断面を見るアーバレスト。痛みとともに現実認識が始まり、思い出したように血が迸り始める。
「曲がりなりにも純血エルフなのだろうから、治癒魔法くらいは使えるだろう?」
「あ、ああぁ、あ」
いわれて慌てて魔法を使ったらしく、剣士の腕で青白い光が瞬いた。出血は治まってきたようだけれども。手首が生えてくるわけではない。クラファ殿下はそれを、ひどくつまらなそうに眺めている。
「姫様、お怪我は」
「いや、ないな。こんな退屈なものが“誇りある闘い”だというなら、わたしは剣士には向かん」
いえ、未来の王にして姫様なんですから剣士に向いてても困るんですけれども。
「ぐ、あ……ッ! 貴様、この程度のことで……ッ!」
「両手首を失って“この程度”とは、豪気な話だ。相変わらずエルフは、どいつも揃って度し難いほどにおめでたいな」
BTRの鼻先で、姫様はショルダーホルスターからM9自動拳銃を抜く。
「とかくエルフというのは傲慢でな。自分たちだけは世の中を恣意的に枉げられると思っている。長命だけに自省もせず悔い改めることもない。致命的な状況になるまで、気付きもしなければ恥じ入りもしない」
「……ころす、……必ず」
「偽王も、貴様ら“王党派”の犬どもも、王権を甘く見過ぎだ。近衛が単身こんなところにいる時点で察しがつくというものだがな」
いや、全然わからないです。姫様の指摘しているのが何なのか。
「貴様程度の腕ならば、役割は足止めか?」
「だ……黙、れッ!」
パシンと銃声が鳴って、剣士の膝が撃ち抜かれた。転げたところで、もう一方の膝。
「がっぁあ……あッ!」
「ヘルベルは、どこに逃げた?」