溺れる者たち
「マークス、前進!」
「うぇええぇッ⁉︎ 」
BTRが進む方向には緩やかな登りが数百メートル続いているが、その先で土砂やら草木が森ごとミキサーに掛けたような泥流となって横切ってゆく。左奥の登り方向から右手前の崖まで、一直線に向かってくるそれはこちらを巻き込むには少し外れ気味ではあるけれども。
「姫様、無理ですよ⁉︎」
「大丈夫だ、進め! ここで止まっていては魔導師を仕留められん!」
「しかし」
前進したら巻き込まれる。装甲車だけに泥流そのもののダメージは耐えられる。でも車両が乗ってしまえば流されるまま崖から土砂ごと落ちて死ぬ。
「あれは土石流であって土石流ではない、土魔法の攻撃だ! 止まっていてはこちらに……」
「「「……くるよぉッ⁉︎」」」
おうふ。ホントだ。右手前の崖の手前で土石流の先端がグリッとこちらに方向転換した。後続部分は慣性の法則から逃れられなかったのか大木やら岩が崖から落ちてゆくあたり、下手くそなドリフトっぽい。
そうか、あれ動くんだ。魔導師の意思で。質量が大き過ぎ見た目が激し過ぎて自然現象だと思ってしまった。逃げ道を塞がれたように見えて、土石流が抜けた後の左手の傾斜路にわずかな抜け道が生まれた。
「みんな、つかまって!」
BTRの全開加速で、道を外れて勾配を駆け上がる。その動きは予想していなかったのか、土砂はぼくらが元いた場所に向かって逸れていった。逃げ切れると思うには相手の能力が不透明に過ぎる。
「そのままだ、止まらず進め!」
「了解で、すッ⁉︎」
ズルリと車体後部が滑るのを感じる。タイヤではなく地面の方が動いているような違和感があったものの、構わずアクセルを吹かした。いまさら進む以外の選択肢はない。後部だけではなく車体全体が持ち上げられ、無理やり崖に向かって流され始めた。マズい。土石流の上流に向かって進路を変えてギアをひとつ上げてアクセルを床まで踏み込む。エンジン音は高まるけれども、車体は遅々として進んで行かない。むしろ少しずつ下がっている。
「ぬぉおぉッ、ちょぉッと待って……」
「見え、た!」
後方の銃座でKPVT重機関銃の発砲が始まったかと思うと、傾斜の先にあった岩場がバチバチと派手に弾け始めた。焼夷弾頭の炎なのか、赤い瞬きと閃光と火花、やがてそこに青白い光が混じる。わずかに岩が砕けたのが最後の一線だったのか何か黒っぽい飛沫が上がって姫様は射撃を止めた。
「……すさまじい威力だな、“けーぴーぶいてぃ”は。集積防壁を抜くか」
「な、なんです、それ」
「複数の魔導師で組む強固な魔導防壁だ。あの焼夷徹甲弾は、それを岩ごと撃ち抜いて粉微塵にしたぞ。見ろ」
コンベアのように流れ続けていた土石流が止まって、わずかに動きを残していた樹木や岩がずるずると崖下に転がってゆくところだった。
「防壁の後ろで、土魔法の使い手を守っていたようだな」
「残りの兵士は」
「魔導師が屠られたのを見て、どこか先の方に退いていったが……」
どこに消えた。どこに隠れている。土石流を逃れた勢いのまま、ぼくらは稜線を越えた。