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木陰の贄

「マークス、停止だ」

「はい」


 登り切ったところでフェレット装甲車を停車する。クラファ殿下は覗き窓(ペリスコープ)で周囲を見渡した後、砲塔のハッチを開けて身を乗り出す。上部ハッチは砲塔上に立てて防楯に、後部ハッチは水平に倒して椅子にする。車長の外周警戒用にそういう設計になっているようだ。

 クラファ殿下には少しサイズが大きいようだけど。


「敵の反応あります?」

「いや」


 ここから少し平地が続いて、森のなかの小道が一キロほど先で次の登りに差し掛かっているのが見える。待ち伏せするのに向いているのか向いていないのか判断に困るところだ。森を通る道は細くて曲がりくねって草木に視界を塞がれているため長射程の武器を持っているアドバンテージはなくなる。


「エンジンも切りましょうか」

「そうだな。頼む」


 エンジンが立てるアイドリング音が消えると、熱気が金属を収縮させる音、風に木陰が揺れる音が聞こえるようになる。どこかから唸り声のようなものが聞こえてくるが、それが実際に聞こえる音なのか耳鳴りなのかわからない。


「何かいる。敵ではないが……妙だな」


 双眼鏡を手に見渡しながら、姫様が悩んでいるのがわかった。たぶん、ここで何の反応もないことがおかしいのだ。ふつうに考えれば高台からの見通しが良くて近距離からの視界が阻害されている環境は――同程度の文化を持った同程度の戦力がぶつかるという前提で見る限り――伏兵や罠を置くべきところだろう。


「ゆっくり前進だ」

「了解です」


  再びエンジンを始動し、ギア入れる。タイヤが枝を踏みしめる音。やっぱり聞こえている。唸り声がする。ぼくらの進む先にあるのだろう。装甲車の速度とともに近付いてくる。


「停止だ」

「……なんで、こんな」


 目に入っていた。茂みの奥で木に縛られた獣人たちが七人。血塗れで呻き声を上げていた。最前列で縛られたひとりは板切れを首から下げていた。何か書いてあるが、文字の崩れがひどくてぼくには読めない。


「“半獣には鞭を”」


 ゾッとするような冷えた声が、姫様の口から吐き出される。


「……偽王ヘルベル。わたしに、警告のつもりか。まだ、自分たちの立場を理解していないと見える」


 怒りと憎しみを込めた笑み含みの声に、思わず背筋がビクリと震えた。


「姫様、周囲の警戒をお願いします」


 このまま収容したところで、彼らを守れない。返事を待たずにフェレットから飛び出したぼくはBTRをインベントリーから出して側面と上面のハッチを開ける。すぐに飛び降りて茂みに駆け込んでナイフを抜く。


「がああぁあァッ!」


 縛り上げられた身体で牙を剝く、人狼らしき男の子の前に立つ。首から板切れを下げられた彼は、いちばん年長に見える。このなかで主導的な立場だとしたら、この子だ。

 身を捩って吠えているのも、後ろの仲間たちを守ろうとしているからだ。


「いま助ける。手を貸してくれ」

「人間などに、誰がッ……!」

「だったら、ここで死ぬか⁉︎ 皆で生きるか、皆を巻き込んで死ぬか、いますぐ決めろ!」


 怒鳴りつけると一瞬、目が泳ぐ。


「いまは、あそこでクラファ殿下が守ってくれてる。ここまでの敵は殺したが、すぐに増援が来る。時間はないんだ。全員を助けて欲しいのか、全員を見捨てて欲しいのか、決断しろ」

「な、なんで」

「君が、この群れのボス(アルファ)と見込んだからだ。後ろの子たちの命運を、君が決めるんだ」

「……やる」

「よし」


 ナイフで縄を切って、そのまま柄を先にして彼に手渡す。


「ぼくはマークス。君の名前は」

「……あ、アイマン」

「よしアイマン、すぐに仲間を解放してBTR(あの箱)に入らせろ。動けない子は手を貸して、横か上の穴から入れるんだ。あれは装甲馬車みたいなものだ。なかは安全だ。水も食料もある、治療も行える」

「うん」


 戦闘用ナイフはアイマンに渡してしまったので、作業用の小さいのしかない。代わりに軍用の山刀(マチェット)を抜いて近付くと、縛られた獣人の子たちからは怯えた顔をされた。

 当たり前だ。出来るだけ穏やかな顔をしようとするが、そんなもんできる状況じゃない。


「ぼくはマークス、クラファ殿下の従僕(サーバント)だ。いま縛ってるのを解く。歩ける子はあの箱まで行ってくれ。歩けない子はいってくれれば運ぶ」

「……待って、わた、しも」


 ロープを解かれて崩れ落ちた女の子が、気丈にも手伝いを申し出てくれた。あいにくBTRのハッチはひどく狭い。いざとなったら出入りに掛かる時間が致命傷になる。


「ありがとう。でも、いまはアイマンだけでいい。早くあの箱に入ってくれ。全員が乗ったら、すぐに脱出する」

「……はい」


 動けないほどの傷を負ったのはひとりだけ。あとは自力でBTRに入ってくれた。重傷の子はアイマンが抱えて先に乗り込んだ子に手渡すことで収納した。


「姫様、乗り換えをお願いします!」

「わかった。“えんじん”始動急げ、ゴーレムが来る」


「「「ゴーレム⁉︎」」」


 フェレット装甲車をインベントリーで収納、BTRの上部ハッチから飛び込んでロックする。

 しばらくフェレットに乗っていたので、BTRに乗り換えるとえらく広く感じるな。改めて見ると構造(つくり)のぞんざいさもすごい。そんなことを考えながらエンジンを始動、森から出す。そうだ、こんなだった。デカくて長くて重い。山道が狭くなると少し苦労しそうだった。


「姫様、ひとり傷がひどい子が」

「わかってる……よし、これで当座は大丈夫だ」


 運転席からは見えていなかったが、もう治療を行ってくれていたようだ。


「少しだけ我慢してくれ。戦闘が終わったら、皆ちゃんと診る」

「「はい」」


 ぼくは後部座席を振り返って、隅に積んだままにしていたミネラルウォーターと軽食を指す。


「アイマン! そこにあるのは水と食い物だ、好きに取って配ってくれ!」

「え、だって……?」

「小さい子には容器を開けてやって! 水は、上の丸いとこを捻れば開く!」

「そんなことやってる場合じゃないだろ⁉︎ だって、さっきゴーレムが来るって!」


 砲塔まで戻ってきた姫様は、ぼくと顔を見合わせて笑う。

 半分以上は子供たちを前にしたハッタリだけど。ここにきて怯んだりするもんか。そんな姿を、子供たちに見せたりしない。


「覚えておけ、アイマン。みんなもだ。ここに()わすお方は、先代エルロティア王の()()()()()()らせられるクラファ様だ」


「「「ふぁ⁉︎」」」


 驚愕の声を上げる子供たちの前で、クラファ殿下は胸を張る。


「ああ、そうだ。我が名は、クラファ・エルロ・ヒュミナ! “エルロティアの真の王”が、木偶人形なんぞに負けはせん!」

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