追い縋る殺意
「手練れ、というのは」
「魔導師だろうな。隠蔽魔法の練度が高い。攻撃魔法の集中砲火を加えられたら、わたしの魔導防壁では防ぎ切れん」
姫様も魔導防壁は張れるようだ。炎の集中豪雨みたいなのを浴びたときにもふたりの周囲に青白い光が瞬いていた。気休め程度だといってたけど、焼き殺されずに済んだのだから有効に働いてくれたと思う。
「早めに動いて、潰しましょう。射撃はお願いします」
「わかった。しばらく緩い登りだ、速度を上げて突破するぞ」
「了解です」
アクセルを踏み込み、ロールスロイスのエンジンが唸りを上げて加速を始める。いくつか森の梢を超えて落ちてくる炎や氷と思われる飛来物が見える。加減速に緩急を付けて被弾を避ける。あんまり続けると同乗者が酔いそうだけど、戦闘中のいまはそれどころではない。
「良いぞマークス、その調子だ!」
「前方に歩兵!」
傾斜の先、百メートルほどにゴツい盾で組まれた密集陣形。長い槍を携えているところを見ると重装騎兵に対するような戦術なのだろう。装甲車の素性を知らなければ類似の敵としてその認識は間違ってはいないのかもしれない、が。
「その程度では、“ふぇれっと”は止められんぞ!」
姫様がグルリと砲塔を回し、陣形の中心に小銃弾を叩き込む。青白い光が明滅して魔導防壁が拮抗しているのが感じられたが、すぐに貫かれて敵はバタバタと倒れ始める。魔力の集中で維持している防壁は崩れ出すと持ち堪えられない。逃げ腰になった兵士たちは掃射で痙攣するように震えて倒れ伏し動かなくなった。
「何かデカい魔力反応が追ってくる! 前方は少し任せる!」
「了解です」
「距離を詰められると拙い! 何があっても止まらずに進め!」
「はい!」
姫様は砲塔を再び後ろへ向ける。ぼくも気になってはいるがバックミラーには何も映らず、マークスの感覚器では追ってくる相手を把握できない。前方は曲がりくねった森のなかの登り道、せいぜいが騎馬程度を想定した四メートルほどの道幅しかない。余所見をしている余裕はないと後方は殿下に任せる。
「マークス、右だ!」
「はひッ⁉︎」
咄嗟にハンドルを切ると、車体の左に炎弾が落ちて土砂を跳ね上げる。
攻撃魔法を喰らったのだろうが、ダメージはない。そのままアクセルを踏み込んで坂道を駆け上がる。後方でブローニングが銃声を上げているが、途切れないところをみると仕留めるまでには至っていないのだろう。
「ええい、鬱陶しい!」
M79グレネードランチャーが連続発射され、立て続けの爆発が起きている間に車載機銃の弾帯交換が行われた。ほんの十秒ほどで再装填が済み射撃が再開される。姫様、えらい手際が良いな。
「そろそろ“ぶろーにんぐ”が熱を持ち始めたな。風と水の魔法では冷却が追いつかん」
なんでか少し嬉しそうに、クラファ殿下は後方を見やる。
「マークス、可能なら少し耳を塞げ」
「へ」
「わたしの得意技を見せてやる。離宮の森で獣を仕留めるのに編み出した技でな。初見であれば避けられまい」
きゅーん、と笛のような音が飛んでいったかと思うと、わずかな間を置いて凄まじい光と轟音が弾けた。
「……ッ⁉︎」
ハンドル操作で耳を塞ぐのが少し遅れ、クラッときたがなんとか堪える。直後に車載機銃が発射され、姫様の満足げな吐息が聞こえてきた。
「鹿くらいなら気絶させられたんだが、高位魔導師ともなるとグラつく程度だったな。まあ、撃ち殺せれば同じことだ」
「すごい、魔法の閃光手榴弾だ……」
「しゅぱん?」
思わず漏らした声を怪訝そうに聞かれたので、“武器庫”に在庫のあったM84という米軍の投擲型閃光発音筒を渡す。
「ぼくの元いたところでも同じような発想の兵器があったんです。すごいですよ姫様、それを魔法で実現するなんて!」
それを見た姫様は、納得しつつも納得いかない微妙な様子で“すーん”と口を尖らせた。
「……こんなものがあるのなら、わたしが苦心惨憺して術式を作り上げた苦労は……」
あ、はい。なんか、ホントすみません。