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ふこしあ  作者: 山口かずなり
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水上の町に住む子ども・マリス

三十二人目の子ども


「水上の町に住む子ども・マリス」


マリスは、桃色の珊瑚の髪飾りが似合う、うねる長い髪の子どもです。


両親と一緒に、水上の町に住んでいます。


海に支えられる町では、海鳥が魚を盗んで飛び立ち、脚の代わりとなるボートが、町中を行き交い、水面を裂きます。


絵画のように美しい町ですが、雨がぽつりぽつりと降り始めると、やがて大雨に変わり、人の心を流す、水の地獄へと変わるのです。


町の人たちは、残る者、囚われる者、引っ越す者に分かれて、マリスたち家族は、町に残り、マリスは囚われていました。


マリスは家を出ると、引っ越した友達に会いに行きます。


友だちは、水上の町を下った先にある、海の町に引っ越したので、待ち合わせは、町と町を繋ぐ、古びた橋の下でした。


橋の下は夜になると、潮が満ちるので、友だちに会える時間は限られています。


マリスは、海色のワンピースを揺らめかせながら、友だちが来るのを待ちます。


すると、海色のズボンを揺らめかせて、友だちがやって来ます。


マリスは、橋の下で、海の町のことを訊きます。


「海の町は、どんな町?」


友だちは、良い町だよと、遠くを見ます。


「そうなのね、わたしが住んでいる町は、いつも変わらない、人間がボートに乗って行き交い、水面を裂くの」


「変わらないんだね」


「ぼくが住んでいる町は、日に日に嫌なことを忘れて、いいことだけを覚えていくんだ」


「それは、素敵なことね」


「海の町にも大雨は降る?」


「わたしの町は、大雨が降ると、みんな心が沈んでしまうの」


友だちは首を横に振ります。


「ぼくが住んでいる町では、大雨は降らないよ、ずっと体は濡れているけどね」


「うふふ、お魚さんみたい」


「そうだね、魚に似てるかもね」


話をしていると、潮が満ちて、胸が濡れていきます。


このまま橋の下にいては、心が沈んでしまいます。


マリスは、優しい声で、「また来るわね」と言うと、濡れた体のまま、友だちと別れました。

ある日、マリスがベッドから起きると、体が火照り、歩くと家の中がグラグラと揺れます。


母親には、薬を飲んで、ベッドで体を休ませなさいと言われます。


それでもマリスは、母親が市場に出掛けると、友だちの待つ橋の下に歩いて行きます。


マリスは友だちに心配をかけてしまいます。


「大丈夫よ」と、作り笑いをする嘘つきに、友だちは、海の町で買ったというウロコを手渡しました。


そのウロコを赤い果汁で染めて、かじると、熱がひいていくのだそうです。


マリスは、首元が濡れてくると、ウロコを手に家に帰ります。


赤い果汁の代わりに、自分の薬指に、ウロコを当てて、目を細めてすります。


すると、傷口からぽつりぽつりと血が垂れてきて、ウロコが真っ赤に染まります。


かじると、熱がひいていき、マリスは、「ありがとう」と呟きました。


元気になると、橋の下で待ち合わせて、お礼に海色の花を贈ります。


「あなたにお花は似合わないけれど、お母さんに、あなたに贈るものは、何が良いかな?って訊いたら、お花が綺麗で良いと言われたの」


友だちは、花よりも、他のものが良かったのか作り笑いをします。


「ねぇ、海の町のこと、もっと聞かせて」と自分のお腹に触れながら、訊きます。


「海の町に、あなたの友達は、いるの?」


友だちは、優しい顔で二回頷きます。


「そうなのね、一人じゃないのね」


マリスは、その唇が濡れてくると、橋の上に戻ります。


「また、来るね」


その帰り際の背中は、とても寂しそうに見えます。


家に帰っても、友だちのことが浮かんできて、こぼれていきます。


そんなマリスのことを両親は心配して、躊躇いながらもある提案をします。


「水上の町から引っ越そう」


ですが、引っ越し先は、友だちのいる海の町ではありません。


友だちとは、会えなくなります。


父親は、その引っ越す町は人が多く、大雨が降っても、傘の花が咲き乱れるだけで、安心して住めると言います。


両親は、「よく考えなさい」と、優しくせかしました。


マリスは、迷います。


橋の下で、友だちと待ち合わせても、引っ越すことは言い出せません。


友だちだけど、ありふれた友だちではないからです。


マリスは、ただ「迷っている」とだけ伝えます。


友だちは、マリスの辛そうな顔をじっと見つめてから、ヒレを手渡します。


「ぼくの住む海の町では、何かに迷った時はそのヒレで、迷っているものの片方にヒレを突き刺すんだ」


「そうすれば、君は、どんな方向にも、舵をとれることに気付く」


「それがたとえどんな答えでも、君が出した答えならば、間違いじゃない」


マリスの眼に浮かぶのは、たったひとりだけです。


両親でも友だちでもありません。


けれど、それを傷つけることは、決してしません。


潮が段々と満ちていきます。


もう決めなくてはなりません。


マリスは、両手でヒレを空にかざして、囚われている理由に、力強く突き刺しました。


すると、濡れたワンピースが白く光り輝き、ウロコの花が咲き乱れます。


背中にはヒレが生えて、首元には赤い首飾りが浮かび上がり、珊瑚の髪飾りは、桃色から白く染まり、マリスは微笑みます。


水面には美しい姿が見えます。


この姿ならば、大雨を恐れることなく、潮が満ちても友だちといられます。


もう、ちっとも苦しくないのです。


マリスは、人魚になれた、しあわせな子どもでした。



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