豚のマスクをかぶった子ども・ヘル
三十人目の子ども
「豚のマスクをかぶった子ども・ヘル」
ヘルは、両親と死別した、子どもです。
月が欠けた家の中。
ヘルは両親が寝ている間に、こっそりとリビングに忍び込みます。
影が覆ったのは、禁断の引き出しです。
音を立てないように開けると、そこにあったのは、遊び心くすぐるマッチ。
父親の真似をして、何度か、擦って、ボッとついた火に夢中です。
火を片手に、家具をすれすれで過ぎていきます。
それが、いけないことだと分かっていても、いけないことは、やりたいこと。
いけないことしている時は、だいたい悪いことが起こるものです。
母親の「誰?」と言う声に驚いて、マッチを手から飛ばし、宙でクルクルと回ります。
ボッと、火種が落ちた先は、食卓の上に出しっぱなしにされた本の山。
みるみる内に燃え上がり、てっぺんの題名は、皮肉なことに「教育」
これは怒られると、三冊の燃える本を両手にゴミ箱に走ります。
その時に、慌てて燃える二冊を絨毯に落とし、火を紙だらけの中に、捨てても燃え上がるだけ。
振り返ると、眼の中、無邪気な火が踊る。
逃げ場がない。
あつい、こわい、たすけて。
外に出られる窓は、ないか、首を左右に動かし、あの窓から出られる。
ヘルは、風のように走り、窓から逃げ出しました。
家の中からは、母親のサイレンのような悲鳴が聞こえます。
ヘルは、原っぱを必死に走ります。
逃げて、逃げて、振り返った時には、家が丸焼けでした。
家の中には、まだ両親がいます。
助けに行こうとすると、後ろから腕を掴まれ、君は、もう、いく必要がないと止められます。
腕から手を離し、男は目深にかぶった帽子を取ります。
その顔を見て驚きます。
体は、スーツを着た人間ですが、頭に「豚のマスク」をかぶっているのです。
ヘルは、豚のマスクをかぶった男に、両親のことを助けてと、必死に叫びます
しかし、豚のマスクをかぶった男は、無情に、首を横に振ります。
なんて、人でなし。
豚のマスクをかぶった男が、軽く片手を上げると、ヘルの後ろから、豚のマスクをかぶった男が、もう一人現れて、その腕を強く掴みます。
離せと暴れても、子どもが大人の力に勝てるはずがありません。
豚のマスクをかぶった男が、不気味に迫り、ヘルに顔を近づけて耳元で囁きます。
ようこそ、ヘル。
その言葉に意識が薄れていき、原っぱに倒れます。
ヘルは担がれ、さらわれます。
どこに運ばれているのか分かりません。
その場所は、ヘルが倒れた原っぱから、近いのか、あっという間に着きます。
ヘルは、窓の無い部屋に、他の6人の子どもたちと一緒に床に寝かされ、それぞれ豚のマスクをかぶせられます。
そして、脱げないように、マスクは首輪で固定されました。
扉は外側から鍵をかけられ、天井の豆電球が消灯します。
しばらくして、豆電球が点灯し、マスクのくり抜かれた二つの穴を通し、起床時間を知らせます。
起きた子どもたちは、息苦しさと自分たちの視界が悪いことに戸惑い、なにこれ・・と豚のマスクを脱ごうとします。
ヘルは、豚のマスクをかぶった子どもたちの様子を見て、さらわれたと不安になり、子どもたちは、早くここから逃げ出さないと、酷い目にあわされると騒ぎ始めます。
ですが、帰る家も、待つ両親もいないヘルだけは、ここから出てもと、悲しくなるだけです。
突然、部屋の鍵がガチャリと開いて、子どもたちは部屋の隅にかたまり、足をブルブルと、お漏らしをします。
入ってきたのは、豚のマスクをかぶった男です。
うるさく泣きわめく子どもたちの人数を1から7と数えて、大きな受け皿にトウモロコシの粉末を流し入れます。
その注ぐ音にでさえ恐怖を感じて、盛られても誰も食べません。
扉が閉まると、子どもたちは、両親に会いたいと、ただ泣いています。
しばらくして、また扉が開きます。
豚のマスクをかぶった男は、今度は外に出ろ、と言います。
ここから逃げ出したい子どもたちは、訳も分からないまま、ぞろぞろと出て行きます。
外に通じる通路の左右の壁には、頑丈そうな扉が、いくつか見えます。
ヘルたち意外にも、連れて来られた子どもたちは、いるのです。
通路の先には、大きな扉が見えます。
ヘルたち子どもは、くぐります。
扉の先には、原っぱが広がっています。
足下の緑が風にそよいで、見上げた空は海のようで、ここは牧場のようです。
子どもたちは、このまま逃げられると思い、走り出します。
ヘルもつられて走り出します。
走りながら振り返ると、不思議なことに、豚のマスクをかぶった男は、追いかけてきません。
そうじ、と呟きながら、先ほどの大きな扉をくぐり戻っていきます。
ヘルは、豚のマスクをかぶった男をヘンテコに思います。
子どもたちをさらって、食べ物をあたえ、原っぱに放し、いったい何がしたいのか?
走っていると、先の方で子どもが膝を抱えて泣いています。
どうしたの?と訊くと、車が何台もビュンビュンと目の前を通り過ぎて、怖くて渡れない、と言うのです。
また、ある子どもは、川があるから泳げない。
ここは、高い場所にあるから落ちてしまうと、それぞれが違ったことを言います。
ヘルは、子どもたちが指さした方へ走り、嘘つきが誰なのか分かりました。
みんな嘘つきです。
燃えさかる壁が、通せんぼしています。
あつくて、こわくて、その先には行けません。
どの方角の先にも、子どもたちそれぞれのイヤなモノが見えて、怖くて先にはいけないのです。
ヘルと、子どもたちは泣きます。
泣いても誰も助けてくれないことが分かると、泣き止み、とぼとぼと、唯一原っぱに建つ、大きな家に帰るのです。
部屋に帰ると、先ほどの大皿にトウモロコシの粉末が盛られたままです。
ヘルと、子どもたちは、お腹を空かせています。
毒トウモロコシかと不安になりますが、ヘルだけは、あまり怖くないのか、やっと大皿に手をつけて、1人が食べられると思うと、6人の子どもが食べ始めます。
キャンディーのようには甘くはないけど、大皿はあっという間にカラになります。
しばらくして、豚のマスクをかぶった男が、果物のかごの盛り合わせを運んできます。
子どもたちは、これは食べられると、口周りを汚しながら、むしゃぶりつきます。
ヘルが、怖がりながらも訊きます。
自分たちをどうしたいのか。
ですが、豚のマスクの男には言葉が通じないのか、答えてはくれません。
扉が閉まり、豆電球が消灯します。
どうやら、あの豆電球が点灯すると、起床時間。
消灯すると、就寝時間のようです。
子どもたちは、寄り添いながら、雑魚寝します。
疲れているのか、すすり泣きながらも、子どもたちは眠ります。
暗闇の中、物音がします。
ヘルだけが起きて、手探りで扉に耳を当てます。
通路の足音が近づいてきます。
あわてて寝たふりをします。
すると、扉が開きます。
怖くて眼はギュッとつむったままです。
扉は開かれたまま、部屋から何かがひきづられて出て行きます。
その代わりに、外から、何かをひきづり、子どもたちの側に寝かせます。
やっと、扉が閉まります。
暗闇の中で、何が行われていたのか分かりません。
ヘルは、なかなか寝付けません。
豆電球が点灯します。
ヘルは、子どもの数が減っていないか、数えます。
7人、全員います。
少しだけ安心します。
子どもたちは、これが夢ではないことが分かると、大皿に盛られたトウモロコシを食べ始めます。
その時、一人だけ座り込んでいる子どもがいます。
それからも、その子どもだけは、原っぱに出ても逃げ出さず、大きな家の壁にもたれて座り込んでいます。
大きな家に帰っても、果物のかごの盛り合わせには手をつけません。
不思議な子どもです。
豆電球が消灯して、ヘルは眼をつむり寝たふりをします。
足音が聞こえてきます。
迫ってきて、ピタリと止まります。
選ばれたのは、ヘルです。
仰向けに両足を掴まれ、通路にひきづり出されます。
このまま、寝たふりをすれば、何か分かるかも知れません。
大きな扉をくぐり、出た先が原っぱだと思い、手で探りますが、何かの液で濡れるだけ。
台の上に寝かされ、眼を開くと、天井の豆電球が、ヘルの体を眩しく照らし、S字の金具が揺れて見えます。
ガツンと音がして、驚き横を見ると、豚のマスクをかぶった男が、片手でハンマーを振り下ろし、まな板の上を見下ろしています。
動かないそれは、天井から降りてきたフックで吊され、血抜きをされ、皮を剥がれ、ホースで洗われ、大きなナイフで、その首を落とされます。
それは、豚のマスクをかぶった首。
逃げないと!!
ヘルは起き上がり、頭を殴られて倒れました。
同じように吊され、血抜きをされ、皮を剥がれ、ホースで洗われ、大きなナイフで首を切り落とされます。
首なしの体だけが、ナイフでお腹を裂かれ、赤いものと白いものを吐き出します。
ノコギリで体を真っ二つにされ、部位、それぞれが外へ運ばれていき、やがて、様々な料理に使われます。
ヘルは、自分の最期の部位を食べた人の「ごちそうさま」を聞いて、部屋の中で眼を覚まします。
豆電球が点灯し、床には6人の子どもたちが寝かされています。
解体され、食べられた筈が戻ってきたのです。
慌てて自分の体を探ります。
体に傷一つ、ついていません。
ただ、記憶はあります。
ここは二度目の世界です。
同じように見えて、何もかもが変わって見えます。
ヘルには、子どもたちの姿が、豚のように見え、大皿に盛られていくトウモロコシの粉末がエサのように見えます。
原っぱに出ることが、放牧なら、大きな家の正体は、おそらく養豚場です。
ヘルは、部屋に帰ると、置かれている果物のかごの盛り合わせを持ち上げて、怒って放り投げます。
そして子どもたちに、その果物を食べたら、自分たちがおいしい肉になってしまうから、食べてはダメと、自分に起きた出来事を必死に話すのです。
話を信じる子どもは泣いて、信じない子どもとは喧嘩になります。
二人の子どもの頭を叩いて泣かして、倒れ込んだ子どもに言います。
「あの豆電球が消えると分かる、君たちが大馬鹿だということが」
ヘルは、消灯しても、眠らずにいます。
豚のマスクをかぶった男が部屋に入ってくると、暗闇の中で噛みつき、その度に部屋の中にいる子どもを巻き添えに、あの部屋にひきづられ、肉として、外に出て行きます。
そんなことを何度も繰り返し、ヘルは段々と疲れていきます。
部屋の中で眼を覚まして、6回目。
疲れ果てたヘルは、原っぱに出ると、何度食べられても、また同じ場所に戻っている自分たちを見て、自分たちが何者なのか分からなくなります。
ここは、おそらく、ただの牧場ではありません。
何か理由があって、ここにさらわれてきたのです。
原っぱを歩いていると、ヘルは、燃えさかる壁の前で立ち止まります。
ヘルは、今まで見ようとしなかった燃えさかる壁を見つめて、段々と思い出します。
あの夜。
マッチでの火遊び。
燃える本。
燃え上がるゴミ箱。
絨毯が火の海。
母親が悲鳴をあげた時、ヘルは、「あっ・・・」
ヘルの眼から、涙がポロリと、こぼれ落ちます。
窓から出られたのは、両親の方です。
家の外では、母親が壊れたように泣き崩れて、父親が強く抱きしめます。
我が子を失った痛みは、消えません。
その痛みをあたえたのは、ヘル。
あの夜に死なせたのは、自分でした。
ここは、そんな両親を悲しませる、悪い子どもを肉として出荷し、輪廻させる、子どもたちの「地獄」なのです。
壊れたように泣き崩れます。
両親は生きていますが、自分が死んでいるから会えないのです。
「ごめんなさい、先に死んでしまって、ごめんなさい」
それを見つけた子どもたちが心配そうにかけよります。
その子どもたちは、ここが地獄だと知っているのか、その震えるヘルの手を握ります。
ヘルと子どもたちは、大きな家に帰り、お供え物のように見えた、果物のかごの盛り合わせを感謝して、食べます。
豆電球が消灯すると、足音が迫ってきて、ヘルの肩を叩きます。
また、肉になる時が来たのです。
部屋から出ると、豚のマスクをかぶった男の先導で、通路を歩きます。
ヘルは運命を受け入れます。
原っぱとは逆の方、大きな扉をくぐり、その光景に眼を疑います。
そこで待っていたのは、子どもの死体が吊される解体場ではなく、お客さまをおもてなしする、お部屋です。
豚のマスクをかぶった男たちが、それぞれ、子どもたちの旅立ちを祝福しています。
この地獄から選ばれた子どもは、両親に許されると「食肉」としてではなく、「赤子」として生まれ変われるのです。
ヘルは、両親に許されたと、涙を流します。
汚れた服を脱がしてもらい、しっかりとホースで体を洗ってもらい、首輪を外されます。
豚のマスクを脱がされ、愛嬌のある整った顔が光に触れます。
足下に豚のマスクが捨てられ、二つの暗い穴は、ヘルをうらめしそうに見上げていますが、もうお別れです。
いらないものは、捨てます。
ヘルは、祝福されて、大きな扉から出て行きます。
豚のマスクをかぶった男たちの手は、血で汚れていますが、しあわせを望むものは気付きません。
ヘルが眼を覚ますと、そこは桃色のお部屋の中でした。
足に触れる感触が、どこか懐かしく感じます。
どこからか母親の声がします。
まだ声は届きませんが、いつかは元気に答えたいのです。
ヘルは、母親のお腹の中に触れた、しあわせな子どもでした。




