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ふこしあ  作者: 山口かずなり
29/47

旅行したかった子ども・フローズン

二十九人目の子ども


「旅行したかった子ども・フローズン」


フローズンは、ショートヘアーに雪の結晶のカチューシャを付けた、もみあげがクルンとした、名家の子どもです


今日も、屋敷の中をスノーフレークのお花のように、おじぎをしたミニスカートで歩いて、三人の先生の指導のもと、ピアノ、バイオリン、バレエのレッスンと大忙し。


希望があるのに絶望の曲を弾かされ、大事でもないのに楽器のお手入れをして、観客の為にクルクルと回る毎日を過ごしています。


親と先生からは、センスがある子と褒められますが、フローズンは嬉しくありません。


何故なら、自分に嘘をついているからです。


本当は自由な時間が欲しく、貰った楽譜も覚えずに、暖炉に投げ入れて、バイオリンの弓だって薪代わりにして、バレエの靴も、もっとふさわしい舞台があるはず。


あの靴は、時々痛く足を締め付けるのです。


無理にセンスがある子を演じるのは、うんざりです。


フローズンは、ほんの少しの自由な時間を使って、屋敷に飾られている冬景色の絵画を眺めます。


田舎町に、ホタルのような雪が舞い降りる幻想的な絵です。


この画家は、どこか高い所から田舎町を眺めて、きっと心が洗われたのでしょう。


フローズンは、この心を震わせる画家を羨ましく思います。


何故なら、この屋敷のある町には滅多に雪は降らず、降っても悲しい雨が降るだけだからです。


町の外に憧れるフローズンの思いは、雪のように舞い降り、積もっていきます。


フローズンは、リビングの扉を申し訳なさそうに開きます。


両親が、オーダーメイドのソファーに腰掛けて、優雅に、各国のお酒を楽しんでいます。


フローズンは、火の灯っていない暖炉を背に、久しぶりにわがままを言います。


「たまには旅行に連れて行ってほしいの」


ですが、その答えは冷たく、ツララのように切っ先が光ります。


見栄っ張りの母親からは、「あなたには、レッスンがあるでしょ」とほろ酔いで微笑まれ、頭の固い父親は酔っていたのか、次の日本酒をグラスに注ぐのに夢中で、まともに聞いてくれません。


フローズンは、ほんの少しだけ俯き、母親のように微笑んで、リビングから出ていきました。

廊下を頬をふくらませて歩きます。


こんな退屈な景色を変える方法は、ただ一つ。


自分の行き方で、希望を眺めに行くしかありません。


父親の仕事部屋に入り、クローゼットから革のトランクをこっそりと盗みだし、自分の部屋で中身を取り出し、自分のものを入れ始めます。


入れたのは、夏と冬の着替えの他に、うでにつけるもの、よむもの、ながいもの、はきものです。


これで準備が出来ました。


フローズンは、色々と大切なものを忘れていますが、屋敷の玄関で、おじぎをして出て行きます。


酔った両親は、扉の閉まる音に気付かず、カクテルのギムレットを飲んでいました。


しばらくして、両親の酔いが覚めます。


父親が仕事部屋に行くと、クローゼットが半開きになっていて、明日使うはずだったトランクが見当たりません。


父親はドロボウに入られたと騒ぎ、母親は子ども部屋で泣いています。


父親が屋敷に警察を呼ぶと、母親が盗まれたものを眼を見開いて言います。


「足りないのよ!!明日のレッスンに必要なものが!!」


フローズンは、夜道で、何か大声がしたかしらと振り返り、「ウフフ」と微笑みました。


さぁ、フローズンの、旅行の始まりです。


目的地は、あの絵画に描かれていた雪国。


おそらく北の方です。


フローズンは、希望を胸に歩き出します。


町を優雅に歩いていると、大人たちが不思議そうに、フローズンのことを見てきます。


大人からは「こんな時間に、トランクを持ってどこに行くの?」と何度も訊かれ、その度に


フローズンは、「ちょっと、雪国まで」と大人たちの首をかしげさせます。


中には、夜道の一人歩きを心配する、優しそうな夫婦も。


時間が経つにつれ、人通りが少なくなってくると、後ろの方から一匹の野良犬が後をつけてきます。


フローズンが後ろを振り返ると、野良犬は、とぼけた顔をかいて、また歩き出すと、口をハァハァとさせて、ついてくるのです。


あの野良犬、もしかして、お腹を空かせているのでしょうか?


だとしたら大変です。


今、トランクには食べ物がひとつも無いのです。


このまま、隣町へと続く、寂しい道を歩いていくつもりでしたが、人通りのあった方へ引き返そうとします。


その時です。


野良犬が「ワン!!」と強く吠えて、フローズンの行き道を通せんぼします。


その吠え方は、心に恐怖をあたえます。


震えながら「ごめんなさい、わたし今、何も食べ物を持っていないの」


野良犬は、ワンワンとイヌ語で何かを言っていますが、子どものフローズンには意味が分かりません。


ただ、分かるのは、その野良犬が、本当は、恐ろしいオオカミだったということ。


オオカミは、お腹を空かせて、じりじりと迫ってきます。


毛むくじゃらの腕を前に出して、眼を血走らせ、舌なめずりして。


フローズンは、ここでようやく気付きます。


自分は、練乳まみれのかき氷のように、甘くておいしいのだ、と。


オオカミは、フローズンに牙をむいて、襲い掛かります。


その時、つぶてが2個オオカミのお尻に命中して、「キャン」と鳴かせます。


フローズンは、トランクを抱いて、怯えたままです。


助けてくれたのは、先ほど、フローズンのことを心配していた、優しそうな夫婦です。


夫は、拳を振り上げながら、オオカミを追っ払い、妻は、怯えているフローズンに、女の子の一人歩きはこんなにも危ないのよと、教えてくれます。


フローズンは、しあわせなことに、夫婦の家に連れて帰られ、あたたかい食事を作ってもらいます。


夫婦に、「お家は、どこ?」と訊かれると、フローズンは、その問いには答えず、「隣町のおばさんの家に遊びに来ていて迷子になったの」と嘘をつきます。


夫婦は、困った顔を見合わせて、そのおばさんが心配しているといけないからと、フローズンに、おばさんの家に電話をかけるように言います。


フローズンは、でたらめにダイヤルを回し、どこにもいないおばさんにかけます。


おばさんに叱られる芝居をして、寂しそうに俯きます。


夫婦には受話器を渡さず、ゆっくりと電話を切り、俯いたままのフローズンを心配して、夫婦は、今夜はもう遅いからと寝床を作ります。


フローズンは、お馬鹿で優しい夫婦を見ながら、微笑んでいました。


次の日の朝。


フローズンは、夫婦との朝食を終えて、おばさんの家まで送ってもらえることになり、

妻の運転する車で隣町に向かいます。


妻は、自分たち夫婦は子どもを叱りすぎて、大事に出来なかった、だからあなたには自分を大事にしてほしいと言います。


フローズンは、隣町で降ろしてもらうと、トランクから「腕時計」を取り出します。


「腕時計って、手錠のようで自由じゃないの、わたしにはいらないものよ」


フローズンは、妻の細く綺麗な腕に、高価な腕時計をつけます。


妻は、腕時計の文字盤に散りばめられた宝石に見とれて、フローズンが離れたことにも気付きませんでした。


町の中を歩いていると、お洒落な家から、ピアノの音色が聴こえてきます。


音色に誘われて、家の後ろに回ると、窓が開いています。


トランクを踏み台にして、のぞき込むと、小太りの男がピアノを弾いています。


そのピアニストの眼は、希望を見つめているかのようで、まるで万華鏡のようです。


彼の視線の先には、楽譜は見えません。


一度聴いた曲を自分のものにし、感動をあたえる才能があるのです。


フローズンは、窓から眺める演奏会に、うっとり。


心が癒やされます。


だけど、フローズンの空腹のベルに、ピアニストの指が止まります。


ピアニストは優しい声で、「だれかいるのかい?」と窓の向こうを見ます。


フローズンは、逃げ出しそうな体を振り向かせ、覗いていたことを謝ります。


「ごめんなさい、あまりにも素敵な演奏会だったから、なのにわたしったら、途中でお腹が・・」


ピアニストは、くすりと笑い、玄関から入っておいでと家に招いてくれます。


迎えてくれたのは、ピアニストの母親でした。


お昼をご馳走になったフローズンは、何かお礼がしたくて、トランクから「楽譜」を取り出します。


「あなた楽譜を持っていないみたいだから、これをあげるわ、わたしにはいらないものよ」


ピアニストの母親は、少し困った顔をします。


ピアニストは、「君が演奏して聴かせてくれよ」と言い、フローズンをピアノの置かれた部屋に案内します。


フローズンは楽譜を見ながら、ピアノを演奏して、ピアニストは、その曲を一度聴いただけで、全身で演奏します。


音楽とは不思議なものです。


弾き手によって、こんなにも、感動をあたえるのですから。


フローズンは、楽譜の持ち主は彼が相応しいと、才能に拍手をしました。


ピアニストは、このしあわせな時間と、楽譜のお礼にフローズンの願いを聞いてあげることにします。


フローズンは、隣町に、おばさんの家があるから、そこに行きたいと、また、嘘をつきます。

ピアニストの母親が運転する車に乗って、見知らぬ道を通ります。


隣町に着いた頃には、夜空に星が散らばっています。


「おばさんのお家は、この辺り?」


「ええ、そうよ」


明かりの灯る家が、いくつも並んでいます。


その先で降ろしてもらうと、ピアニストの母親にさよならをして、家の明かりで照らされた寂しい道を歩いていきます。


ほんの少しだけ寒くなり、トランクの中のカーディガンをはおり、タイツをはきます。


窓の明かりが、あたたかく感じていると、「ゴホン」と、誰かが咳き込みます。


見ると、ゴミ箱の辺りで、魔法使いのような格好をした、髭の長いおじいさんが、荷物の整理をしています。


何をしているのかと訊くと、しあわせを鞄に入れているんだと、忙しそうです。


おじいさんは、用事を終えると、町の中を歩いていきます。


どこに行くの?と訊くと、北の方角だと言うのです。


そこは雪国のある方面です。


フローズンは、おじいさんの後をついて歩きます。


だけど、町外れの橋を渡ろうとした時、歩き疲れたのでしょう。


トランクを椅子代わりに腰掛けます。


おじいさんは、それを見て、橋の下に降りていきます。


しばらくして、そこに明かりが灯ります。


降りてみると、おじいさんが焚き火をしています。


おじいさんは、寒そうにしているフローズンを見て、ぶっきらぼうに、「何か燃やせるものはあるか」と訊き、フローズンはトランクから「バイオリンの弓」を取り出します。


それを見て、おじいさんは驚いた顔をします。


「そんなものを燃やすのかい?」


フローズンは、「バイオリンを家に置いてきたわたしには、いらないものよ」と、焚き火に投げ入れようとします。


おじいさんは、「ならば燃やしてしまう前に、その棒で背中をかいてくれ」と頼みます。


フローズンは、きょとんとして、バイオリンの弓で、おじいさんの背中をかき始めます。


このおじいさんは、これまでの大人たちとは何かが違います。


屋敷では嗅いだことのない匂いがして、フローズンに、家はどこ?とは訊かないのです。


おじいさんは、自慢話を聞かせてくれます。


家が、たくさんあって、いつでも好きな時に眠れて、誰にも心配されずに自由だ、と。


フローズンは、その生活を羨ましがり、不自由な自分の屋敷の話を聞かせて、おじいさんを笑わせます。


話している内に、二人は仲良くなり、フローズンは星空を見ながら言います。


「わたしね、眺めたい景色があるの」


冬景色の絵画のことを話し、おじいさんは、その絵画を想像して、先ほどのゴミ箱から拾ってきたノートと黒いペンで、スラスラと絵を描いてくれます。


それは、あの冬景色の絵画に似ています。


おじいさんも、あの画家のように、この景色を眺めたのでしょうか?


おじいさんが、昔話を語り始めると、フローズンは、大きなあくびをします。


屋敷ではしなかった、カバのあくびです。


おじいさんは、「自由な子だな」と苦笑い。


もう眠りなさいと、フローズンに毛布を手渡し、背中を向けて横になります。


フローズンは、眠る場所を作ってくれた優しいおじいさんと、屋根になってくれた橋に、「ありがとう」と言って、眠りました。


朝が来ると、おじいさんが川で顔を洗っています。


それを隣で真似てみます。


トランクを食卓代わりに、おじいさんが朝食を並べていきます。


それは、誰かの食べ残しです。


「もう、おじいさんったら食いしん坊さんね」


笑っているのは、フローズンだけです。


おじいさんは、何も言わず、荷物を整理して、北に向かって歩き出します。


フローズンは、その後をついて歩きます。


くっついて歩こうとすると、おじいさんは、自分から離れて歩きなさいと言います。


町を歩いていると、大人が、おじいさんを避けて、後ろ指をさしてきます。


教育のなっていない子どもたちは、クサイと言って、逃げ出します。


フローズンはその度に、頬を赤く膨らませ、わざと、おじいさんに、くっついて、優雅に歩いてみせます。


おじいさんは、離れて歩きなさいと叱りますが、フローズンは微笑みます。


昼は、町を王様とお姫様のように歩いて、夜は、長椅子や路地裏がお家になります。


道ばたのサラダに、アミで捕まえたお魚、新鮮なお肉を食べて、こりゃマズいと、時々吐いて、二人は、段々と雪国に近づきます。


前だけを見て、歩いて、歩いて、おじいさんを追い越して、見上げた頃には冬空です。


「着いたわ、おじいさん」と、元気よく振り返ります。


その時、田舎道で、おじいさんが倒れます。


フローズンは慌てた様子で駆け寄り、少し休みたいと言うおじいさんを、毛布の敷いた上に寝かせて、焚き火を作ります。


もう夕暮れです。


おじいさんは、昨夜の野良犬が悪かったかと笑いますが、フローズンは悲しい顔をします。


ここで待っていてと、田舎町の方へ走り出し、民家の扉を叩きます。


扉を開けてもらい、おじいさんが病にかかったと叫びますが、フローズンの姿を見た大人は、嫌な顔しながら、曲がった鼻をつまみます。


クサイと言って、汚物を見るような眼をするのです。


大人は、話も聞かずに扉を閉めます。


他にも見えている扉は、全て叩きますが、開けてはくれません。


服に染みついた、おじいさんの優しい匂いが、ここで仇となったのです。


汚れた服を強く握ります。


おじいさんの所に戻ると、おじいさんが焚き火で、昨日捕まえた肉を焼いています。


フローズンは、まだ、待っていてくれたと、おじいさんに抱きつき、ギュッと抱きしめられます。


その夜、夜空を見上げながら、おじいさんは言います。


「ここでさよならをしよう」


その言葉は、あたたかいけれど、冷たい言葉です。


「これまでの人たちとも、さよならしてきただろ」


「おじいさんは、どこにいくの、一緒についてきてよ」


おじいさんは、自分は若くないこと、この先、足手まといになることを伝えると、トランクから、バイオリンの弓を取り出し、「この孫の手で、また背中をかいてくれ」と頼みます。


フローズンは、ふるえるおじいさんの背中をかきます。


このまま起きていないと、おじいさんに置いて行かれそう。


眼をこすり、眠りません。


ですが、やはり子ども、気がつくと毛布をかけられ横になっていました。


起きると、半開きのトランクと少ない食料が置かれたまま、おじいさんがいません。


フローズンは、俯いてトランクを開きます。


中には、「バレエの靴」が残っているだけで、バイオリンの弓はありません。


きっと、おじいさんが、持っていったのです。


先にいって、待っているのかも。


フローズンは、顔を上げて、また独りで歩き出します。


歩いていると、雪が舞い降ります。


田舎町を見下ろせる、高い場所を探して歩きます。


冷たい町を見下ろす雪山が見えます。


きっと、あそこです。


白い山道に足跡をのこしながら登っていきます。


高い場所から、田舎町を見つけます。


ですが、この景色は、あの絵画のように幻想的ではありません。


何かが足りないのです。


まだ明るく、民家に明かりが灯っていないからでしょうか。


フローズンは夜になれば、あのホタルのような雪が舞い降り、幻想的な冬景色が眺められると思い、休める場所を探し始めます。


白い道の先に山小屋が見えます。


フローズンは、扉を叩き、誰もいないと分かると、ここを貸してもらう代わりに、トランクから「バレエの靴」を取り出し、「もう、わたしにはいらないものよ」と、山小屋の扉の前に並べて置きます。


これでトランクの中は、からっぽです。


山小屋の奥まで歩いて、壁にもたれて、疲れて眠ります。


すると、扉が開いて、雪と一緒に誰かが入ってきます。


山小屋の中がパァっとあたたかくなり、フローズンは眼を覚まします。


その人は、目の前でしゃがみ込み、背中を見せてくれます。


その背中は、おじいさんの背中です。


フローズンは、おんぶされて、頬をくっつけます。


優しい匂いがします。


おんぶされながら、山小屋を出ると、あの雪山の高い場所で立ち止まります。


フローズンは、そこで眼を、ゆっくりと開けます。


田舎町に明かりが灯り、ホタルのような雪が舞い降りているのです。


ふるえる感動が眼をうるませ、万華鏡のように幻想的です。


この美しい景色は、フローズンの永遠となるでしょう。


フローズンは、大好きなおじいさんと、冬景色を眺めることのできた、


しあわせな子どもでした。



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