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ふこしあ  作者: 山口かずなり
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干からびた子ども・ヒート

二十八人目の子ども


「干からびた子ども・ヒート」


ヒートは、チョコレート色の肌に、砂色のローブを身にまとい、頭にターバンを巻いた子どもです。


デザートと呼ばれる、甘そうな名前の町に住んでいます。


どの家の形も、チョコレートケーキに似ていて、とてもおいしそう。


その虫食いの穴から出ると、いつものように広い空を見上げます。


オーブンの太陽が町の人たちのことを良い感じに焦がしています。


ローブをなびかせながら、モンブランに似た建物の隙間を通り抜けると、大通りに出ます。


そこには市場があり、沢山の人で賑わい、カラフルな食べ物と、職人たちが生み出す作品であふれていました。


心躍らせる楽器が軽快に叩かれ、様々なものに姿を変える綿製品が上品を気取っています。


ヒートは、木彫りの笑い仮面が飾られた店の前で足を止めました。


面白くも不気味な仮面ですが、装飾品ほど、いらないものはありません。


こんなものを家に飾れるのは、金持ちと、よっぽどの変わり者しかいません。


だけど、どんなにいらないものでも、つい触りたくなるのが人間の性。


ヒートは、その仮面に触れようとします。


バチン!!


ケチな店主が、ヒートのばっちい手をはたきで叩き、おいこら、触るなと、汚物あつかいです。


ヒートは、ターバンとローブの隙間から、鋭い眼を光らせながら後ずさり、人混みに紛れていきます。


「ヒート」


そう、誰かが、名を親しく呼びます。


振り返ります。


赤い果実が虹を描き飛んできて、片手でキャッチ。


さすがと、笑うのはヒートの友人です。


手に持っていた鞄を、ほらよっと雑に手渡し、先ほどの店主の悪口を言いながら、ヒートに肩を組んで歩き出します。


「ヒート、あの店主は警戒心が足りなかったな、


囮役のヒートをいじめるのに精一杯で、盗み役の俺に気付かないなんて」


そう、ドロボウは、一人だとは限らないのです。


ヒートは、友人と仕事を終えて家に帰ります。


家の前には、布が敷かれています。


その上に、盗んできた綿のブレスレットや果物をカラフルに並べます。


家の中で母親とすれ違い、テーブルの上に置かれていた乾燥したパンをかじります。


おいしいとは言えませんが、贅沢は言いません。


母親は、家の前で店を始め、二人が盗んできた品を、近所の店よりも安い値段で売ります。


時には客を見て、値上げしますが、そこはご愛敬。


お客さまに、この商品の良さは?と訊かれると、お得意の嘘を並べ、明日の為にお金を稼ぎ、どんな生き方であろうと、生きるのです。


それを見て、クスクスと笑う友人がいます。


無口にパンをかじるヒートは、笑う友人の頭をこついて、先ほどのお礼だと赤い果実を差し出し、微笑みます。


その眼は、とても優しく見えました。


夕暮れになると、父親がラクダ乗りの仕事を終えて、帰ってきます。


行きには軽かった鞄から、異国の品をジャラジャラとテーブルに出して、今日は裕福な観光客が多かったなと、ニヤけるのです。


その入れ違いで、ヒートの姉が、バイオレットのローブをなびかせて、見惚れる友人を横目に、家から出て行きます。


今夜も、月明かりの酒に酔わされた男たちから、金を搾り取ろうと微笑みます。


ローブの下に隠された、妖艶なボディーと、腕に刻んだ毒ヘビのタトゥーは伊達ではありません。


ここぞという時に、鞭のようにしなり、獲物に噛みつき、飲み込みます。


姉も、このドロボウ一家には欠かせない、毒婦なのです。


ドロボウ一家は、この生活に満足していましたが、暑い太陽と冷たい月は、全てを見透かしていました。


ほんとうは、あの家族だけこらしめてやろうと思いましたが、残念ながらこの町に良い人間は、いません。


太陽は、オーブンの温度を上げて、その皮膚を焦がしてやろうと企みます。


暑い日差しがジリジリと皮膚を焼いて、水分を絞り取っていきます。


もう、こんな酷いことはやめて、と月が言いますが、本心は違います。


ため息をつき、町の砂を吹き上がらせて、夜は冷たく見下ろします。


好き放題に人間をこらしめる太陽と月をみかねて、神さまが月と太陽に怒り、カミナリを落とします。


町には久しい恵みが、大雨が降り注ぐのです。


勘のいいヒートたち一家は、こんな町にはいられないと、家を出る準備を慌ただしくしています。


肩や頭をごっつんこ、アイタタ。


大雨の中、町外れの父親の仕事場から、ラクダを盗んで、町から離れる時、友人がヒートの名を呼びます。


ヒート、どこに行くんだい?


訊くと、ここから遠くの、隣町。


ここにいると、大洪水が起きて、町もみんな泥水で流されると、ドロボウ一家は友人を仲間に誘います。


友人は、眼を見開き、自分にも家族がいるからと、家がある方に戻ろうとします。


その手をヒートが掴んで、首を横に振り、引っ張ります。


大雨が更に激しさを増した時、町がお菓子のように、グニャグニャドロドロと溶けていきます。


もう町が、帰る道がありません。


ドロボウ一家は、泣き叫ぶ友人を連れて、町を離れて行きました。


ホラホラ、やっぱり逃げ出したと笑う太陽は、ニヤけた口を裂いて、ドロボウ一家をどこまでも追いかけます。


暑さには慣れているドロボウ一家ですが、この暑さは異常です。


段々と口数も少なくなり、体から出る汗も、あの見下ろす鬱陶しい太陽に盗まれていきます


父親が水筒を逆さにしても、舌を出して待っていても水は一滴も出てこず、母親と姉を乗せる二頭のラクダだけがボーッとしていて羨ましく見えます。


ラクダのように、あんな不味そうな乾いた草を我慢して食べればいいのに、そこは人間、贅沢を口に含んで、飢えていくのです。


もう乗っているのも疲れたと、母親がラクダの背中からグタリと落ち、ヒートが肩を貸します。


母親の口に、水を当ててやりたいと思いますが、雨が降る気配は全くありません。


あのおぞましい大雨が、この状況では恵みのように感じ、あの大洪水で溺死した方が良かったと、罰当たりなことを考えてしまうのです。


ドロボウ一家の周りには、砂の波打つ道がどこまでも続きます。


隣町まで、あと何千歩なのでしょう。


疲れ切った一家を見て、父親が歩みを止め、どこかもわからない場所で野宿をします。


夜になり、冷たい月が見下ろす中、テントを張ります。


ドロボウ一家は、寄り添い、これからどんな試練が待っていようと、自分たちらしく生きようと決意しました。


みんなとなら大丈夫、ヒートは、そう安心して眠りました。


次の日の朝。


第一の試練がドロボウ一家を襲います。


家族を囲い隠すテントの足がガタガタと震え、テントの皮をめくりあげ、吹き飛ばします。


太陽がみーつけたと、ニヤけます。


その隙に、二頭のラクダは逃げ出し、姉は咄嗟に母親の体を庇い、父親はヒートと友人を庇います。


ただ、耐えてこの砂嵐が止むのを待つしかありません


やがて、砂嵐は止みますが、砂嵐の恐怖はここから始まります。


第二の試練に、父親が倒れます。


ヒートと友人を庇った時に、砂が体内に入って、悪さをし始めたのです。


父親は胸の苦しみに耐え、母親は生気を奪われて、眼がうつろです。


無力なヒートには治す力がありません。


隣町に着けば、医者から薬を盗み出し、何か助ける方法があるかもしれませんが、もう両親は生きているだけで奇跡です。


ヒートは、姉と友人と相談し、この中の誰か一人が隣町を目指し、助けを呼んで帰ってこようと提案します。


友人は、両親がそばにいて欲しいのは、きっと血の繋がった娘と、ヒートだからと、たった一人で砂漠の道を進んでいきます。


少ない荷物を抱えて、砂嵐の中に消えていきました。


友人の帰りを待つヒートは、目印に自分のターバンを破り、砂漠に旗を立てます。


諦めないと、太陽を睨み付けます。


姉は、両親の看病を必死にし、自分の辛さを押し殺していました。


その夜。


第三の試練が近づいてきます。


テントを張れずに野宿をしていると、美しい姉に飢えた生き物が忍びよります。


足にスルスルと絡みつきます。


姉の悲鳴に眼を覚まし、ヒートはそいつを見つけました。


毒ヘビです。


ヒートは姉が噛まれたと思い、護身用のナイフを鞄から取り出し、つい威嚇してしまいます。

興奮したヘビは、ヒートに噛みつこうと攻撃態勢をとりはじめました。


このままでは、弟が噛まれてしまいます。


姉は無我夢中で、ヘビのしっぽを踏みつけ、怒ったヘビに脚を噛まれました。


「そいつ、殺して!!」


姉が叫びます。


ヒートは泣きそうになりますが、姉を狙っているヘビの隙をついて、首を掴み、ナイフをヘビの頭部に突き立てました。


ヘビは死にますが、姉の美しい脚には毒の花がまだらに咲きます。


姉は、「あんたたちが噛まれなくて良かった」と力尽きました。


ヒートは、ただ、泣きながら、傷口から毒を吸い出すことしか出来ません。


子どもに出来ることは、限られています。


家族の体に手を震わせながら布をかけ、奪われていく涙に、月に遠吠えします。


その夜も友人は帰ってきませんでした。


両親も姉も眠ったまま動きません。


もう叱ってくれず、笑ってはくれません。


このまま深い眠りに落ちたくなります。


なんだか足場が悪いのか、立っていられません。


ヒートは、砂漠の上で横たわり、星空を眺めます。


綺麗です。


そして、ようやく、この罰の意味を知ります。


きっと、悪いことをして、生きてきたから、大事な家族を盗まれたんだ。


この盗人の手もこんなに細くなって、ああ、暑いのに夜だから寒いな。


そこに友人が迎えに来てくれます。


ヒート、ヒートと、そのこけた頬を叩いてくれます。


ヒートなにしてんの、友人に言われてすーっと起き上がると、ヒートの眼が潤みます。


守ってくれる父親がいて、母親と姉が美しい顔で笑っているのです。


だけど、なぜでしょうか、今までのことは全部悪い夢、または砂漠の光が見せたまぼろしだったのかもしれません。


ヒートは、また歩き出します。


そうしていれば、いつかはたどり着くからです。


ヒートは、第四の試練を超えて、隣町にたどり着き、倒れます。


父親に抱えられ、母親と姉が心配そうに、そばについてくれます。


友人は、ヒートの手を取り、ゆっくりと握ります。


その手のあたたかさは、砂漠でも心地よいのです。


ヒートは、人のぬくもりを感じられる、しあわせな子どもでした。



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