容疑者の名前は
アイリスが手本を見せるように 私の前を歩くと、スカートが優雅に揺れる 。
さすが伯爵令嬢 。
「小石を蹴るように ドレスの裾を蹴るのよ。 それと 膝はなるべく曲げないように」
こくりと頷くと 咲弥は言われた通り ドレスの裾を蹴りながら アイリスの前を 歩いてみせる。
しかし 、アイリスが腕組みしたまま首を振っている。
「……」
じゃあ 、これくらい? さっきより 力を弱める。
アイリスが イライラと言って来る。
「本気で蹴ったら 歩きにくいでしょ。加減というものがあるでしょう。 音が出ないように 蹴るのよ」
「……」
教えてくれ と言ったのは、こっちだけど。
そのいわれ様はない 。きつい言葉にムッとして 睨むと 目を三角にしているアイリスと目が合う。 咲弥は思わず視線を外す。
美少女の怒った顔は 普通の人の 倍は恐ろしい。
(もっと優しそうな人に 頼めばよかった)
これ以上怒らせないようにと さっきより力を弱めて歩く。
が、アイリスが腕組みしたまま首を横に振っている。
「……」
中々首を 縦に振らないアイリスに 心が折れそうだ。 それでも 歩き続ける。
アイリスが腕組みしたまま首を振っている。
じゃあ …。これくらい?
さっきより 力を弱めてみたが…。
柱に片手をついて ため息をついている。
「はぁ〜。 何で出来ないの?」
そんな事言われても…。 私は言われた通りにしてるのに 何が悪いのか 、さっぱり分からない。
(……)
小石を蹴って 一体どれぐらいの力?
見当もつかない。 だからと言って、もういいですとは 言い出しにくい 。困り果てて いると アイリスが ルミールに 命令する。
「ルミール 。 今度は、あなたが 見本を見せなさい 」
「はい。 裾をポンポンと 軽く蹴る感じです」
ルミールが 私の前をすいすい歩いていく 。
やはり 着慣れてる と感心して、その姿を目で追う。
(ポンポンね…)
**
スパルタ教育の成果もあり 自分でも上手くなったと思う。
「 そうそう。 だいぶ良くなったわ。後は意識しないで歩けるように、練習することね」
満足気にアイリスが微笑むのを見て 咲弥も自然と笑顔を返す 。
(天使の笑顔だ)
美少女は どんな表情でも可愛い。
「はい 。有難うございます 」
頭を下げて お礼を言っていると ルミールが 辺りを伺いながらアイリスの袖を引っ張る。
「アイリス様。 早くしないと見つかります」
「 そうね 。行きましょう」
(見つかる?…何の事?)
アイリスが軽く手を振って 去っていく。
その後ろ姿に手を揺らす。
***
「一体どうしてくれるんだ!」
王宮の会議室に バレンシアの悲痛な叫び声が響き渡る 。
「落ち着いてください。 お気持ちは分ります」
バレンシアが、大臣の 胸ぐらを掴む。
急遽、推薦 人たちが集められて 成績一位の ナタリアが殺されたことが 報告された。
自分の推薦した娘でなくて 良かったとホッとしたが 憔悴した様子の バレンシアに少なからず同情する 。
しかし、 お妃教育が始まって早々に 殺人事件が起こるとは 誰も予想だにしていなかっただろう。
「何がわかると言うんだ。 あの娘は首席だったんだぞ。 一番皇太子妃に近かったんだ!」
大臣が バレンシアの手を襟から外す。
「分かっています。分かっていますから どうぞ気を静めてください 」
大臣が宥めても バレンシアの怒りは収まらない。
「 そんな言葉で済むと思っているのか! 早く犯人を捕まえろ」
「 はい。 すぐに犯人を捕まえます」
ざわついていた ラウドール 達は 大臣の言葉に、お互いに目を合わせる。
日和見主義の大臣が 確約するのはおかしい。
「…犯人に心当たりでも あるんですか?」
そう聞くと それに答えたのは ゲルマ伯爵だった。
「 勿論ですとも。 今回の 皇太子妃選考を苦々しく思っているのは 一人」
「そして、 皇太子妃選考が 中止になって得をするのも 一人です」
答えを終わらせたのは マーベラス伯爵たった。
「 それは 誰ですか?」
***
宿舎に戻ると 上へ下への大騒ぎになっていた。 一体何があったのかと、捕まえて聞こうにも 誰も相手にしてくれない。
仕方なく自分の部屋に 行こうと歩いているとバタバタと足音が追いかけてくる。
振り返ると キャシーとメアリが 息を切らしてこっちに向かってくる。
「 二人ともどうしたの 。 そんなに慌てて」
「どこへ行ってたんですか! 心配したんですよ」
珍しくメアリが声を荒げる。
「 ごめん。ごめん 」
ポリポリと頭を掻いて謝ると キャシーが私の胸をポカポカ叩く。
「 もう 心配させて…。 沙耶のバカ!遅くなるなら、 なるで連絡してよ。 私たちがどれほど心配したと思っているの」
「 そうですよ。 生きた心地がしませんでした」 メアリが泣きながら抱きついてくる 。
二人の様子に困惑する。
少し帰りが遅れただけで オーバーすぎる。
それでも 心配をかけたいと宥める
「 分かったから。 今度から、ちゃんと言うから 約束する。 だから 二人とも泣かないで、 こうして 無事帰ってきてんだから」
しがみついて離れない 二人を落ち着かせようと 声をかける。
キャシーが両手で涙を拭うと 小さくため息をつく。
「… 殺されたんじゃないかと心配してたのよ」
「… 殺し? 何言ってるの?」
ここは王宮。 警備は万全。
それに ここに女の子しかいない。
昨日今日 知り合った だけの 人間と トラブルなどありえない。
呆れていると メアリが首をかしげる。
「 知らないんですか ?」
「何を?」
私が知らない 重大な 出来事が起きてるの?
「 ナタリア嬢が 、殺されたんですよ」
「 殺された!」
***
アイリスはエミールとともに 王宮の地下道から足早に 教会に向かっている。
思いの外 時間を 食ってしまった。
レンガの壁の一箇所を押すと 教会の懺悔室に出る。
誰にも見つからず たどり着けた。
ホッとして 教会を出ようとすると 外が騒がしい。
「何かあったんでしょうか?」
アイリスは、 扉を少しだけ開けて、 外の様子を伺う。大勢の 兵士が 教会の周りを取り囲んで 誰かを探しているようだ 。
「アイリス様 。どうします?」
何かあったのは確かだ。 このまま出て行けば 今まで何をしていたのか聞かれる。
(……)
最大の問題は、 "何か" がわからないことだ。 その何かが 私に無関係にならば 何も気にすることは無い。
しかし、その何かが 私に関係があるなら、 まずいことになるのは 目に見えている。
もう一度 外の様子を伺う。
聞き耳を立てるが『 徹底的に探せ。最後に目撃されたのは この場所だ 』の言葉ばかり。
アイリスは 頭の中で 教会の間取り思い浮かべる。
どの出入り口も 表に面している。
逃げ場がない 。
このまま兵士たちが いなくなるまで 隠れている方がいいのか 、どうしたら良いのかと 迷っていると カチャカチャと言う 甲冑の擦れる音が どんどん近づいてくる 。
その音に2人は固まる。
「 こっちです!」
最初に我に返ったルミールが 私の腕を 掴んで 奥へ走り出す。 しかし、 扉にたどり着く前に見つかってしまった。
「居たぞ!アイリス ・ ホワイトだ。捕まえろ!」
先頭の 兵士が号令をかけると あっという間に 私たちを取り囲む。 どこにいたのかと思うほど 兵士たちが湧き出る。
アイスは毅然とした態度で 兵士を睨む。
「何のつもり! 私が誰だかわかっているんでしょうね」
確かに内緒で王宮に入ったが 、それだけの事で ここまで大騒ぎするなって 馬鹿らしい。
いくら 約束を破ったとはいえ 兵士ごときに 狼狽える必要はない。
輪の中から 一人の兵士が進み出てくる。
「 ナタリア・ロマーニ、 殺害の容疑で 逮捕する 」
「はっ?何を言ってるの ナタリアとか言う娘なんか 知らないわ 」
「そうです。お嬢様は、 そんな事しません。 私が保証します」
本当にそんな娘など知らない。
悪い冗談かと兵士たちを 見回す が どの顔も真剣だ。
(……)
いくら 違うと言っても信じないだろう。
それに 何の証拠もなしに 貴族の私を逮捕したりしない 。
完全に 嵌められたと、アイスは奥歯を噛み締める。
ちょっとやそっとのことでは、 今の状況は覆らない。
ならどうする?
アイリスは目を閉じて 黙考する。
逃げるにしても 教会の敷地には 魔防石が 埋め込まれていて 魔法が使えない。
強行突破 するにも、これだけの人数。
体術の心得があっても 到底倒しきれない。
退路は断たれている 。
それに 、ここで 抵抗すれば 、不利りになる …。
アイリスは覚悟を決めると 目を開けてルミールを見る
。
「後は任せた!」
「えっ?!」
そう言うとアイリスは 一歩前に出て 手を出す。手錠をかけられた私に 慌ててルミールが駆け寄る。
「アイリス様〜!」
怯えた子鹿のように 私を見ている。
アイリスは 大丈夫だと、 ルミールに頷く。
皇太子の婚約者でなくなった私が頼れるのは 、ルミールしかいない。
兎に角、ルミールが会いに来るまでの間に 作戦を練っておかないと。
***
2時限目・ 国語
昨日の午後は大騒ぎだったが、 意外にも犯人はすぐに捕まって 夜には何時もの落ち着きを取り戻した。
だからと言って 、お妃教育を再開するのは、 いかがなものかと思う。
親しくなった私でさえ ショック なのに、 親しかった 女の子たちは 勉強 どころではないだろう。
咲弥は、 納得出来無いまま授業を受けていた。
**
皇太子妃になるには 読み書きは必須だと 渡されたプリントを見たが、全くチンプンカンプン。
先生に自分の名前を書いてもらって 書き写すが、 どう見ても 落書きだ 。
回数をこなせば 上達するのかな?
一瞬 アイリスの顔が浮かんだが、 すぐに首を振る。 スパルタ教育は 一回で十分 。
**
どうしても集中出来ないと、ため息をつくと ペンを置く。 私も休んだ方が良かったかも…。
やっぱり空席が目立つ。
このまま皆が休んだら お妃教育は 頓挫するかもしれない。 まだ始まったばかりなの …。
何人休みなのかと 数を数えていると 大きな背中に目が止まった 。
あんなガタイのいい女の子いた?
そう思って見ていると その娘が振りかえる。
咲弥はサッと 反射的に顔を伏せる。
見てはいけないモノ見たような …。
見間違いかと何度見ても、 やはり男の人だ 。
しかも 男の娘ではなく。 女装男子 !
チラリとしか見ていないが 顔立ちも男っぽい 。
どうして誰も変に思わないの ?
この国では 男性同士でも結婚できる ……とか?
一体 どうなってるの?
完全に授業どころではなくなってしまった。