花嫁修行スタート
アイリスは 王宮に隣接している 教会の物陰から、 気づかれないように そっと兵士の練習場を除く。
何時もは、 兵士たちが 模擬試合をしているが、 今は馬車置き場に早変わりしている。
異世界の娘と言うから 、もっと変わった姿をしていると 思ったのに …。
顔は私たちと変わらない。
この分だと ラッシュの事だ 。
何の文句も……否、 嬉々として娶るだろう。
あの男は 節操がない。
アイリスは 鼻にしわを寄せる。
顔は合格として 体は どうなのかしら?
もっと 観察したいのに、 馬車 が邪魔して 肩から上しか見えない。
その場でジャンプしてみたが 見えない。
魔法が使えれば 便利なのに …。
仕方ない。
アイリスは スカートをつまむと 小走りに進む 。
柱の陰から 顔を出して見ようとすると 耳元で声がする。
「もう、よろしいのでは?」
「まだよ 。遠眼鏡をちょうだい」
心配性のルミールが 帰ろうと催促してくるが 断って手を差し出す 。
何か、自分を納得させる理由が見つからない限り 帰るに帰れない 。
体のつくりも 私たちと変わらない。
しかし、男のように 短い髪の者もいる。
着ている服は私たちと違って 見たこともない素材や デザインをしている。
遠眼鏡を下に向けると アイリスは息を飲んだ。
ズボンを履いている者もいるが、 それより驚いたのは 何より失神しそうなほど スカートの丈が短い者が うじゃうじゃいる。
なんて 汚らわしい格好なの。
「ル、ル、ル、ルミール見てみなさい」
そう言って ルミールに 遠眼鏡 を渡す 。
「まぁ!」
ルミールが 一目見ただけで驚きの声を発する。
異世界の娘たちは 妖婦に違いない 。
あんな 妖婦 と 結婚したらラッシは 一発で骨抜きになってしまう 。そうなったら 政が おろそかになって コンラド王国が滅んでしまう。
そこまで考えて アイリスはハッとした。
(まさか ……大臣達の目的は …)
預言者が いくら国が滅びると言っても、 どんな娘か 分からなければ 賛成したりしない 。
大臣たちは この事実を知っていたに 違いない。
陰謀の匂いが プンプンする。
「ルミール 。行くわよ!」
踵を返して帰ろうとしたが 返事が無い。
振り返ると ルミールが 食い入るように 見ている 。
(全く ……)
アイリスは呆れて天を仰ぐ。
足なんて そんな大して変わらないのに。
「 ほら、帰るわよ」
つかつかと側まで戻ると ルミールの腕を掴んで 引っ張り 立たせる 。
「アッ、 アイリス様!」
私に気づいて やっと遠眼鏡から目を外す。
ルミールが 私の横を小走りについてきながら 興奮したように話しかけてくる 。
「しかし、凄いですね。 恥ずかしげもなく、 あんな格好するなんて。 どおりで 護衛の兵士の姿がないわけです。 大臣たちは 見たんでしょうかねえ〜」
「 見たのは、一部の大臣たちよ。 古株のおじいさんたちは、 この事実を知らないでしょうね」
もし知っていれば 絶対反対している 。
これはチャンス。 早速、お父様に報告しよう。 将来の国母が あんな短いスカートをはいた 異世界の娘なんて 許せない。
事情を知れば 皆が結婚させようと思わない 。
私たちを見限った者たちに、 一泡吹かせてやる。
***
何の 手応えもなくて 運を天に任せて 課題を提出したが、 神は私を見放さなかった様で、なんとか100人に選ばれた。
しかし、現実は厳しく。
成績順に 席が 決まっている 。
つまり、 教卓の真正面が、この前の課題の成績1位 。
そこから左側が2位、 右側が3位と成績が 一目でわかるようになっている。
1位 の娘は、さぞ気分が良いだろう。
でも、私は 先生の真正面などごめんこうむる。
82位の私は 教卓から遠くへと歩いていく。
36 位 のキャシーとも 離れ離れになってしまった。
しかし、ここまでペチコートが 長いと 足に絡まって歩きにくい 。
合格者は全員 制服を着ることになった。
ところが 、支給されたのは ロングドレス。
今時のドレスではなく 古き良き時代の スタンドカラーに くるぶし丈のスカート丈 。
その上 ファスナーの部分が、ボタンになっていて 一人では着替えられない 代物。
沙弥は、朝からメアリに手伝ってもらって 生まれて初めて ロングドレスを着た。
苦労しながら 指定された席へと向かう。
ここにいる 全員 が あの悪夢のような試験にパスしたのかと思うと感慨深い。
この国の字を書けない私たちが どうやって課題を提出するのかと疑問に思っていが 、まさかそれが 大勢の前で 朗読するという公開処刑 だったとは…。
聞くのは イグニス伯爵だけかと思ったが、 他の審査員もいた。 そして、その後ろには ラグドール様をはじめとする推薦人たち。
私たちを応援するために いるのだろうが 余計にプレッシャーがかかる。
その後の質疑応答は さらに厄介だった。
私が言葉に詰まると イグニス伯爵が 満面の笑みを浮かべる 。推薦人たちに感想を求めたりと、 とにかく 人が困るのが楽しくて仕方ないらしい 。
二度と関わりたくない人物だ。
時間にすれば 10分くらいだろうが、 1時間くらいに感じられた。
愛想笑いを浮かべて席に着く。
チラリと横を見ると 81位の娘と目が 会ったが無視された。
沙弥は、 小さく嘆息する。
また一から、人間関係を築かないと イケないのかと思うと 気が重い。
他にどんな人がいるのかと 沙弥は 観察しだす。
これだけ美人が揃うと 壮観だ。
誰が選ばれても、おかしくない。全員美人だ……。
もしかして あの課題は 体のいい美人コンテスト ?
面と向かって 不合格だと言うと角が立つから 、あんなことをしたんだ …。
となると 気になるのは自分の立ち位置。
どう転んでも、私が選ばれる可能性は無い。
私もリンみたいに、 この世界で生きて行く決心がつけば いいけど …。
生活環境としては最高なんだろうけど、 やはり元いた世界に戻りたい 。
大学受験も就職活動も 待っているけど、 あの喧騒が恋しい。
( お母さんも 心配してるだろうし …。こうなったら 一日でも早く 帰る手段を探そう)
***
ラグドールは 王宮の会議室へと向かいながら、 いたるところで 召使い たちが 選抜試験の結果の 噂話に花を咲かせているのを 見かける 。
(これだけ 注目が集まるのは 嬉しい限りだ)
「ゲルマ様が連れてきた娘たち 100人以上もいたのに ほとんどが落とされたんですって」
「知ってるわ 。合格したの 8人しかいなかったのよ 」
「それに引き換え 、マーベラス様の娘は 全員合格ですって」
「順当ね 」
召使いたちにも ゲルマ伯爵は人気がないようだ。
自分の推薦した娘達は、キシリール氏、 バレンシアに続いて 3番目に合格者が多かった。
予想以上の結果だが 、恥をかかなくてよかったと改めて思う 。
田舎者と馬鹿にされたら 取り返しがつかない 。
王都では、 人を 蹴落とそうとする人間ばかりで気が抜けない。
(… とばっちりを受けないように、しばらくゲルマ伯爵とは距離を置こう)
会議室に差し掛かると ちょうど反対側から 大手を振って バレンシアが 歩いてくる 。
自分が 私より上だったから 調子に乗ってるな。
私に気づくと
「おやおや 。これは3番目の ラグドール じゃないか 」
一人しか違わないのに、 よく言う。
無視してドアノブに手をかけると バレンシアがいちゃもんをつけてくる。
「 もちろん 。2番目の私が先だろうね 」
「……」
無言でドアを開け お先にどうぞと手を向ける 。
肩にポンと手をかけて ニヤリと笑うとバレンシアが先に入っていく。
ラグドールは、ぎりぎりと 歯ぎしりを立てて 怒りを押し殺す 。
今は何を言っても 嫉妬してると思われるだけだ。
( いい気になって いられるのも今のうちだ)
バレンシアを 睨みつけていたが、深呼吸して気持ちを切り替えると、 笑顔で中に入っていく。
***
憂鬱な気分のまま 皇太子妃候補者としての 花嫁修行がスタートした 。1回目の授業は 、コンラッド王国の歴史について 。
文字の読めない私たちのために 絵を見せながら話し始めた 。
「 コンラッド王国は、今から50年前まで 隣国のエバレスト公国と千年にわたり 戦いを繰り返していましたが、 我が国が勝利し 今は戦のない平和な時代になりました 。コンラッド王は そもそも北山の」
紙芝居っぽいと 思っていると 前の席の女の子達が 、おしゃべりを始める 。
「千年も戦うなんて 、よほど仲が悪かったのね 」
「知ってる?千年続いた戦いは 、たった一夜で終わったんですって 」
「一夜で ?何があったの?」
「 それが誰も知らないのよ」
「 本当に〜」
噂話に聞き耳を立てていた沙弥は 首をかしげる。 50年前なら、まだ 生きている人もたくさんいるのに、 どうして 誰も知らない んだろう。
それとも 箝口令がひかれて 喋れないとか?
何だか いわくありげだなぁ〜。
「 皇族でしたが 兄が即位すると同時に弟であった コンラッド王子に 今の王都の土地を譲りました。 しかし、兄が即位して …」
いつのまにか話が子守歌のように聞こえる。
気づけば、まぶたが重い。
なんとか眠らないようにと 外に目を向けると、褐色の肌に 銀髪の背の高い男の人が 中庭に咲いている花に水をやっている。
庭師? でも服装は騎士のような格好している。
あの人は誰なんだろう。アニメの主人公みたいに かっこいい。 その姿に沙弥の顔にも 笑みが咲く。
**
やっと 私の番が来た。
帰るのも席が後ろの沙弥は どうしても最後の方になる 。 キャシーは、とっくに 帰ってしまった。
沙弥は 一人で疲れたと首を回しながら 歩いていると前のめりに、つんのめる。
「っ!」
どうしても ドレスの裾 踏んでしまう。
( これで何回目だろう…)
もっと ゆっくり歩けば大丈夫なのかな?
自分なりに工夫してみるが 上手くいかない。
誰かコツを教えてくれる人が 居ないかな…。
「キャッ!」
考えながら ながら歩いていると いきなり腕を引っ張られて茂みに連れ込まれた。
倒れ込むと 金髪の美少女が顔を近づけてくる。
( この美少女は、何者?)
「昨日着てた服はどうしたの? どうして今日は着てないの ?このドレスは、どうやって手に入れたの ?」
「アイリス様 …」
矢継ぎ早に質問する美少女をもう一人の若い娘が、 止めようと袖を引っ張っる。
しかし、 アイリスと呼ばれた美少女が 乱暴に腕を振り払う 。
「いいから早く答えなさい」
「 これは制服です。 昨日支給されました。 こっちの暮らしになれる為だって言ってました」
「チッ、あと1日早ければ…」
そう答えると 美少女が舌打ちする。
しかし 、本当に美人だ。 高そうな服を着ているし 侍女がいるところを見ると 伯爵令嬢らしい。
貴族的というのは こういう顔を言うんだろう。 中流家庭の娘が 太刀打ちできるものじゃない。 一生かかっても無理だ。
纏う雰囲気からして違う。
「 分かったわ 。ありがとう」
( 待って……これは 教えてもらえるチャンス ?)
一方 的に聞くだけ聞いて さっさと立ち去ろうとする美少女を 呼び止める。
「 あの…ちょっと教えて欲しい事があるんですけど……」
これから毎日着るんだから 恥を忍んで聞いてみる価値はある。
「 何 ?」
「……そのドレスの時の歩き方を教えてくださいませんか?」
「はっ?」
ぽかんとした顔で見られて 苦笑いを浮かべる。
こっちの世界では これが普通だけど 私たちにとって、 こんなロングドレスなんて着るのは結婚する時 ぐらいしかない。
***
成績7位のオリビアと 53位のイザベラは おしゃべりしながら 1位のナタリアの部屋に向かっていた。
3人は推薦人が一緒で 王都に来るまで 同じ部屋で 生活していた 。
「 早く、皇太子に会いたいね」
「 ハンサムだといいな 〜」
オリビアが夢見るように両手を合わせて上を見ると からかうように イザベラ が肩をぶつけてくる 。
「そりゃ、ハンサムでしょ。 出なかったら此処まで来た意味がないよ」
二人は、笑いながナタリアの 部屋 まで来ると いつものように声をかける。
「「 ナタリア、居る?」」
ドアを開けたオリビアが息をのむ。
返事がないことにイザベラが首をかしげながら部屋を見ます。
ドアに頭を向けて ナタリアが仰向けに倒れている。 口からは血が流れて、白目をむき。
そして、胸にはナイフが突き刺さっていて 赤い花をじわじわと大きく咲かせている 。
オリビアがドアにすがりながら ずるずるとしゃがみこむ。 その横でイザベラが悲鳴をあげた。