予防注射?!
「皇太子って…所謂…王子様のことですか?」
「所謂で、なくても王子様よ」
「 そっ、そうなんだ …」
沙弥は 、へなへなとその場に座り込んだ。
奴隷になるんだと思ってた。
だが 、それなら合点がいく。いとも 簡単に お金が支払われたから 変だと思った。
条件が 異世界から来た 年頃の娘だけと言う事なら、頷ける。
皇太子妃 。つまり……シンデレラ?!
もしかして……私にもワンチャンあり?
否、否、否。それは 飛躍しすぎ 。
沙弥は首を振って否定するが……。 異世界の王子様なら かっこいいというのが 相場だ。
「 大丈夫? そうだよね。 いきなり初対面の人と結婚しろだなんてショックだよね」
「うっ、うん」
キャッシーに 手を取られて、立ち上がる。
心配そうな目で見られ、 邪な事を 考えてた私には、優しさが 辛い。
「うっ、うん」
「嫌なら、嫌われれば、良いんだよ」
彼氏がいるのか 、二人とも皇太子との結婚は、ありえないと思っているみたい。
でも 、見た目がいいなら 色々と我慢できるかも。
「 その皇太子って どんな人なんですか?写真とか無いんですか?」
「 少なくとも、ここには無いわ 」
「わかるのは名前と年齢だけ」
「そうなんですか ……」
残念。 顔が分かれば、こちらの出方も決まるのに 。
「何々 、顔が良かったら本気だしちゃうの?」
肩に手を回しながらリンが、 からかってくる。 図星を指されて 慌てて首を振る 。
「そんな事ありません。ただの興味本位です 」
「本当に〜」
「リン! からかわない」
キャシーがリンを諌めると 私の肩に回していた手を外す。
二人とも皇太子の 顔にも、興味がないらしい 。
これ以上、突っ込まれないように話題を変えよう 。
そういえば 検査があると言っていた。
「 あの …病気が見つかった場合 どうなるんですか ?解放って言うか… 元の世界に戻れるんですか?」
私の問に、二人が顔を見合わせる。
「それは、店主次第でしょ」
「そうね 。私たちをお金で買ってるんですもの元を取りたいと思うのは当然ね」
「 元を取るって ……まさか ?」
「そう。人身売買 !」
ズバリとキャシーが口にする。
皇太子妃に 選ばれなければ 、結局 行き着くところは酷い結末 。
言葉も無い 。
誰だって損はしたくない。 ロブの言葉を信じれば 200人ぐらいの候補者が 集められるけど 選ばれるのは一人 。
残り199人は 身売りされる運命。
「はぁ〜」
諦めたようにため息をつく 。現実的に考えれば、 私が皇太子妃になれる確率は 0.5% 。
リンも キャシーも 私より美人だ。
私の場合選ばれない可能性の方が高い。 何か生き残る方法を考えた方がいいかも 。
(でも、なんの特技もないし……)
頭にポンと手を乗せられ、 いつのまにか 俯いていたことに気づいた 。
「元気出しなよ 。そうと決まったわけじゃないんだから 」
「そうよ。 私たちは、いわば商品よ。ぞんざいに扱ったりしないわ」
「…… ありがとう 」
二人に励まされて 沙弥は笑顔を返した。
同じ立場なのに 、初対面の私を気遣ってくれる事に胸 が熱くなる 。二人の優しさに感謝。
3人で写真を取り合って、 一段落すると 女子会がスタート。
どんな物が出てくるのかと 期待したが……。
出てきたのは、 焼き菓子に果物に紅茶と素朴な味が並ぶ。
( まぁ…一応、この国の初めての食事出し……)
記念にと写真を撮った。
「ああ、ジャンクフードが食べたい。それが無理なら せめて味の濃いもの」
リンが、いきなりテーブルに突っ伏した。訳がわからないとキャシーを見ると 肩をすくめる 。
「この国の料理は……とても健康的なの。でも、野菜は美味しいし わよ。 独特の風味があって」
「 生野菜なんか食べるのは虫だけよ」
リンが鼻にしわを寄せて首を振る。
「 だからって 、お菓子ばかり食べていると太るわよ」
「私は、これがベスト。 キャシーこそ痩せすぎだよ。 胸は、どこに置いてきたの」
そう言ってリンが、持っていたスプーンでキャシーの胸を指す。
「 私は、まだ14歳です 。これから大きくなるから良いんです 」
「リンこそ胸が大きくなりすぎて、牛になるわよ」
キャシー がリンのスプーンを払う 。
(はっ、はっ、は……)
沙弥は 猫背になって胸を隠すと、 二人のやり取りに 巻き込まれないように 気配を消した。
年齢で大きくなるなら 私は、リンより大きくないといけない。
「遠慮しないで、分けてあげようか ?」
リンが胸を両側から手で持って、ゆさゆさと揺らす 。キャシーが鋭い視線でリンを見ていたが カップを胸元に押し付ける。
「だったら、乳を出せ !」
「ぷっ!」
思わず吹き出すと二人もつられて笑い出す。
「「あはははっ」」
***
ベッドに入ったが、寝付けそうに無い。
沙弥は天井を見つめる。
今日は色々ありすぎた。
「はぁ〜」
ため息が妙に大きく聞こえる。 周りが静かすぎる。耳を澄まして聞こえてくるのは 車やテレビの音じゃない。
二人の寝息と 風が葉をこする音と名前も知らない鳥の鳴き声だけ。
期末テスト受けなくなって、よくなったけど…。
やっぱり、家に帰りたい。
「……あっ!」
今日は鎌倉浩二のドラマがあるんだった。時間を確認しようとしてシーツを掴んだ手が 、途中で止まる 。
(バカだなあ…)
テレビなんか、あるわけないのに……。
滲み出した涙をシーツで拭った。
時間が経てば二人みたいに、ここ での暮らしに慣れるのかな ……。
そんな事を思っているうちに、何時のまにか眠りについていた。
***
キャシー達と列に並びながら首を巡らせた 。
こうやって改めて見ると、沢山の人がいると実感する 。皆、不安そうな顔をしている。
完全に 予防注射の順番待ち。
「こんなに、いたんだね」
「そうだよ。しかも、これだけの人数を半月で集めにたんだから、凄いよ」
集めたというより、ロブ曰く釣りだ。 拾っただけで、その人を異世界に連れられるんだから 質が悪い。
「二人とも、やっぱり 拾って?」
「うん。私は金のブレスレット。キャシーは何と 1ポンド紙幣」
リン が面白がるように キャシーを見ながら耳打ちする。
(確か…1ポンドは 150円くらいだったはず)
「 14歳には、1ポンドは大金なのよ」
キャシーが文句があるなら言ってみろと睨んでくる 。何度 も この事でからかわれてる みたい ね。
「まあ…お金は大切だから 」
沙弥は当たり障のない言葉で、その場を収めた。
順番が来て 小部屋に入ると、でっぷりと太った医者らしき人物が 自分の前にある椅子に座るように、指を指した。
「失礼します」
恐る恐る椅子に座ると手首を掴まれる。
ドキドキしながら、ジッと待つ。
木製のトレーから白い羽のついた針をつまみ上げる 。 注射針ほど太くないが、縫い針ほど細くもない。
人差し指を捕まえられると自然と力が入る。
チクッ とした痛みと共に 針が刺さった。
どうやって検査するのかと見ていると机の横にある水の入った洗面器みたいなものに 針を投げ込んだ。
私の血のついた針がプカプカと浮かんでいる。よく見ると既に何本もの針が沈んでいる 。
どうなるのかと固唾を飲んでいると、沈みそうにないと判断したのか、 医者が拾い上げて銀のトレイに置いた。
「右のドアに進みなさい」
そう言って ドアを指差すと、医者がタオルで手を拭き始めた。
(これで終わり?)
もう私には、 目もくれない。
「……あっ、はい」
納得いかないまま、ペコペコ頭を下げながら部屋を出た。
すると先に済ませていた キャシーが、手を振ってこちらに来る。
その姿に沙弥は肩の力を抜いた。二人ともいなかったら、どうしようかと内心不安だった。
「よかった。一緒だね 」
手を取り合って喜んだ 。後はリンが来るのを待つばかり。しかし、次から次へと人が出てくるが、待てど暮らせど リンが来ない。
そうこうしているうちに、 責任者らしき人物が入ってきた。
「 この部屋にいる者は全員合格だ。 明朝 王都 に向かって出発するから 、各自準備をしておくように。以上」
言うだけ言って部屋を出て行くとざわつき出した。
キャシーと顔を見合わせた。
リンが、いないということは 不合格?ならどこで何をしてるの?
キャシー と頷き合うと、自室に向かって駆け出した。