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そんな我等が飯テロリズム!!

 トントントン、ジュウウゥ―――

 

 長らく使っていなかった底浅の鍋になみなみと油が注がれていく。

時が経つにつれ、菜種の香りがリビングにまで漂って、私の鼻を焦らすようにくすぐる。


・・・・・・懐かしい。


 ふと感じた、これはデジャヴだろうか?

私はこの匂いとこの感覚を知っているのだろうか?



「おーいマッキーさーん?聞いてるー?」


 可愛い声が私を現実に引き戻した。

 ダイニングキッチンではナイフが容赦なく野菜達を切り裂き、米は無情にも釜底深くへと沈められていく。要は手際が良い。


「ごっゴメンね!何、だっけ・・・・・・?」


「むぅ~!さっき言っといたのにぃ~!」

 降り注ぐ油と格闘しながらショウコは頬を膨らませる。白い肌と相まって肉まんみたいに見える。


「じゃあ代わって僕が説明しましょう!」

 ショウコの横で小鍋を火炎放射器で直接加熱するソルトが言った。何の工程だ。

「先程もご説明した通り、あなたには重い罪があるんです」


「自分への傷害罪、だっけ?」

 自分で言ってても訳の分からない罪である。


「その通り。あなたは東京に来てから今日に至るまで食事は外食やコンビニに頼りっきりでしたね?」


「・・・・・・」


「忙しかったから、ですか?会社が絵に描いた様なブラック企業だったから?」


 返す言葉が全て封じられてしまい、私の中には日々の苦労やら未完の資料作成が渦巻いていた。

 私は子供の頃から都会まちに夢を抱いていた。けれど上京を遮ったのは他でもない家族だった。だから何も言う気になれなかったんだ。



「マッキーさん、泣いてるの?」


「・・・・・・」

私、バカなんだ。


「ごめんなさい。けど、あなたは自分が選んだ道と一生向き合わなきゃいけない。この歳で言えることじゃないけどね」

 彼の言葉は今までの何よりも重く感じられた。


 ああ、これは紛れもない正論だ。

「そう、ね・・・・・・そうよね。自業自得だもの。仕方ない」


 ソルトは真っ直ぐな眼差しから一転、ニイッと笑う。

「よしショウコ!これよりマッキーさんの悲しみを制圧する!例のヤツ、やっちゃって!」


「おっけー!ショウコちゃん張り切っちゃう!『必殺☆羅刹天・新月の型リザルト・オブ・キリング』!!」


 ショウコは冷蔵庫にあったカピカピな食パンを天井高く放り投げる。黒光るナイフを逆手に持ち替えた刹那、彼女の小さな身体は2メートルほど上空にあった。脚を蹴り上げ、落下する速度に乗せて凄まじい連撃をパンに浴びせかける。

彼女が床に着地する頃には、ほぼ小麦に還元されたパン粉が出来上がっていた。


「だから何の工程!?」

 勢いのまま思わず私は縄を引き千切り立ち上がっていた。


「お?おおお?マッキーさん笑ったぁー!イェイッ!」


 ハッと気付く。コンロの脇に置かれていたのは即席のパン粉だけじゃない。溶いた卵と市販のブラックタイガー(タイ原産のエビ)が用意されているのだ。


「これって―――」

 そうか、だから懐かしかったんだ。


「――――『絶技・風塵架昇ゼフィロス・テラリウム』」

 今度は何が起こったのだろう。まな板の上に目をやる。エビの殻だけが塵一つ無く消滅していた。


「さっきから技エグ過ぎない!!?」



「お待たせしましたッ」

「召し上がれー!」

しばらくして私は促されるがままにテーブルに向かっていた。時計は既に3時を指していたが空腹の方が勝っている。


「やっぱり・・・・・・」


「あれ?お嫌いでしたか?コレ」

 小洒落た花柄のランチョンマットの上に並べられた3人分のメニューは、真っ白なご飯、温かな味噌汁。そして・・・・・・


「エビフライっ!嫌いじゃないでしょマッキーさん?」


 並べられた副菜の真ん中できつね色に輝く衣。決して大きくはないけれど、昔見た、お母さんのそれと変わらないエビフライが2尾、お皿に横たわっている。


「・・・・・・うん。大好き、だよ」

 熱くなった目頭をぐしぐしと擦って精一杯の笑顔で返す。


「でしょでしょ!!食べてみてー!!」

「ぜひぜひ!!」

 テーブルの向こうに座るソルトとショウコは身を乗り出して私の感想を待っている。

食事風景をまじまじと見られるのは誰であっても恥ずかしいが、その時の私には関係なかった。思い切り橋でエビフライを突き刺し、犬にでもなった気分で食らいついた。



シャオッ!


 初めは「音」だった。口の中で衣が弾け心地良い福音を残していく。


ジュワァッ―――


 次が「味」だった。柔らかい感触に行き着いた瞬間、エビに詰まっていた肉汁に溺れそうになり天井を仰ぐ。やめればいいのに手が止まらない。

「香り」、「食感」、「この眼に映るもの」。感じうる全てが懐かしく、儚く思えた。


 このままだとこの余韻が消えてしまう!

すかさず視界に入ったご飯をもう満杯の口にかき込む。息が詰まり、身体が硬直し、喉を掻きむしる。

苦しくて、苦しくて、けれど、けれども――――



―――――美味しい。


 味噌汁を喉に流し込み空っぽの胃を幸せで満たしていく。そうしてまたエビフライにかぶりつく。

 なんて美味しいんだろう!これだけで今までの苦悩が何度報われただろう?


 そうだ、私はこの感覚を知っていた。

港のカモメを気苦労も無しに見上げていたあの日。お母さんはエビフライを作ってくれた。

お父さんが朝早く沖合で獲ってきた、地元名物のエビはいつ食べても飽き足らなかったっけ。

まさに幸せの味だった。

 懐かしさの中で思う、「私は何をやってるんだろう?」



「マッキーさん?そんなに美味しかったの?」 


 私は泣いていたらしい。頬を涙が伝っている。

 手元にはすっかりキレイなお皿、目の前ではソルトとショウコが茶碗を片手に私を見ていた。


「うん。ごちそうさま」

 今度こそ、自然な笑顔が出来た気がする。


「美味しかったでしょう?分かりましたね?あなたは今まで味覚を潰し、体を壊すギリギリまで戦線後退していたのですッ!此度の作戦は差し詰め『拠点防衛』といったところです」

 ご飯を頬張りながら人差し指を立てるソルト。相変わらず言葉の治安が悪いようだが納得がいった。


「『これから』はマッキーさんの仕事だよー?ケンコーサイコー!ってね♪」

 小さな一口をもきゅもきゅと食べるショウコ。可愛いの一言だ。


「分かった。私、頑張るから!」

 文字通り死ぬほど食べたからね。明日、いや今日もやっていけそうな気がする。



 お皿を洗い終え、2人のテロリストは荷物をまとめていた。


 私にはまだ疑問が残っている。

「ねえ、ソルトくん、ショウコちゃん」


「何です?」

「なになにー?」


「あなた達、いったい何者なの?私の暮らしや健康面まで知ってるなんて・・・・・・やっぱり怖いよ」


「いやぁーさすがにソレは・・・・・・」


「健康に悪いよー」

 どうだ、体のことなら言うでしょ!



 その時だった。2人の後ろに火花が走り、部屋が光に包まれた!

恐る恐る目を開く。


「何これ!?」


 それは真っ白な球体だった。宙に浮かぶそれは青白く発光している。

 驚く私を尻目にソルトは球体に手をかざす。すると滑らかな表面に何故か障子が出現、ガラリとそれを開き2人は球体に乗り込んでいく。


「ま、まさか宇宙人!?そうなの!?」


 障子の隙間からソルトとショウコ、2人の確かな笑顔が覗いた。




「「頑張ってね、お母さんッ!!」」



 強い光と共に白い球体は消え去り、リビングに一人、私と沈黙が残った。

 そういうことだったの・・・・・・?


 窓からはすでに赤らんだ空が広がっている。


「分かった。頑張って、頑張って、彼氏だって見つけてやるんだから!」



 腕をまくり、深呼吸。

 きっと私は大丈夫、そんな気がしてならなかった。


気が向いたらまた書きます。

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