結婚10年目の成就
なんとなく思いたって、そのまま勢いだけで一気に書き上げたので、少々粗が目立つかもしれませんが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
はぁー、緊張してきた。
ドキドキと早鐘を打つ胸をそっと押さえる。
いったい、どんな顔をして会えばいいんだろう?
そもそも今、僕はどんな顔をしているんだろう?
彼女に変な顔をしていると思われる事だけは避けたい。
「そんなに心配なさらなくても大丈夫ですわ。いつも通りでいらっしゃる方が妃殿下も安心いたしますよ」
よほど不安そうな顔をしていたのか、僕を妃殿下のもとへ案内している女官がそう言って微笑む。
いつも通りにすること。
それが一番難しい。
だって、今夜は結婚10年目にしてようやく迎える初夜なのだから。
僕と彼女の出逢いは10年前。
僕達が互いに8歳の時の事だった。
初めて彼女を見た僕は、意志の強そうな鳶色の瞳が印象的だと思った。
まだたどたどしいこの国の言葉で懸命に挨拶を述べる彼女を可愛いと思った。
そして、最後に向けられた笑顔に心臓を射抜かれた。
これが俗にいう一目惚れで、たぶん僕の初恋だったんだと思う。
そのまま、僕達は8歳で結婚した。
それが政略結婚だったことは説明するまでもない。
少し昔のことを思い出している間に、いつの間にか僕は彼女の待つ部屋に着いていた。
僕を案内して来た女官がノックすると、中から妃殿下付きの侍女が扉を開けて僕を招き入れる。
僕はここまで案内してくれた女官に労いの言葉を掛けると、迎えてくれた侍女とともに彼女のいる寝室へと向かった。
「妃殿下。王子殿下がお見えになりました」
寝室のドアをノックしながら、侍女が室内にいる彼女へ声を掛ける。
すると、何やらドタバタと中から音が聞こえてくるけれど、一向に返事がない。
「失礼致します」
本来なら主の許可なく入室することは許されない。
しかし、今回は僕が一緒だし、彼女が嫁いで来た日からずっと妃殿下付きとして仕えているこの侍女は、中で何が起こっているか大体想像がついているのだろう。
ためらうことなく、寝室のドアを開けた。
そして、一言。
「妃殿下。何をなさっておいでなのですか?」
呆れたようなその声に室内を覗く。
なるほど。
確かにこれは呆れて何をしているのか問いたくなる。
何故か彼女は顔だけ出した状態で身体にカーテンをグルグル巻きつけていた。
「さ、寒かったのよ! 悪い?」
彼女が顔を真っ赤にして叫ぶが、それが嘘だというのはバレバレだ。
もちろん、長年彼女に仕えている侍女にそんな嘘が通じるはずもなく、つかつかとカーテンでグルグル巻きになっている彼女の所へ一直線に向かう。
「何を子供のようなことをなさっているのですか? 早くそこから出て来て下さい」
「イヤ! 絶対にイヤ!」
カーテンを挟んで必死の攻防を続ける彼女と侍女の様子をしばらく静観していたけど、このままおとなしく待っていたら朝まで掛かりそうだったので2人の戦いに口を挟んだ。
「君はもう出て行っていいよ。あとはこちらでやるから」
おそらく彼女は照れているんだろう。
それなら、なるべく人がいない方がいい。
そう判断した僕は侍女を下がらせた。
侍女が寝室から出て行き、室内にいるのは僕と彼女の2人だけになる。
「とりあえず、そこから出て来てくれるかな? 窓際は冷えるだろう? 風邪をひくよ」
いつも通りの態度を心掛けて、彼女に優しく話し掛ける。
その努力が実ったのか、おずおずと彼女から言葉が返ってきた。
「……絶対、笑わない?」
一体、何を笑うというのかわからなかったけど、とりあえず彼女を安心させようと微笑む。
「笑わないよ」
「本当? 絶対笑わない?」
「ああ。笑わないよ」
にこやかに返事をすると、ようやく彼女がカーテンから身を躍らせて僕の前に姿を現した。
いつも一つにまとめている髪が緩いウェーブを描きながら流れ落ち、薄衣からは微かに白い肌が透けて見える。
その白い肌が、徐々に薄紅色へと染まっていく様はえもいえず艶めかしい。
その姿に僕の目は釘付けになる。
注視したのが悪かったのか、彼女が顔を赤くして怒鳴る。
「わ、笑いなさいよ! 思う存分笑えばいいじゃない?」
不躾な視線に怒っているのかと思ったけど、どうやら単なる照れ隠しみたいなので、さっきと同じように穏やかに答える。
「笑わないよ」
「だってミスマッチもいいところでしょ? そんなお子様体型じゃ似合わないって鼻で笑えばいいじゃない」
この言葉でようやく僕は、彼女が何を笑うなと言っていたのかを理解した。
そんな事、気にすることないのに。
そもそも彼女は今でも十分過ぎるほど魅力的だ。
「凄く綺麗だよ。それに可愛い」
僕の率直な感想に彼女は耳まで真っ赤に染める。
「ばっ、馬鹿じゃないの!? どこで覚えてくるのよ。そんな歯の浮くような台詞」
照れると憎まれ口をきいてしまうのは、彼女の昔からの癖だ。
でも、その後すぐ気まずそうに、そーっと不安げな目で相手の反応を窺う様子はとにかく可愛い。
「可愛い」
思わず、心の声が口から漏れる。
それを誤魔化すように、僕は彼女を抱き上げるとベッドへと運んだ。
そっとベッドへ下ろすと、彼女は動揺を隠しきれない様子で何だか落ち着かない。
かくいう僕もこの後どうしようか内心ドキドキだ。
とっ、とりあえず落ち着こう!
まずは深呼吸して――。
大きく息を吸い込もうとした時、彼女が自身の衣服へ手をかけているのを見て、慌ててその手を掴む。
「何してるの?」
動揺からか、声が素っ気なくなる。
「何って……」
戸惑ったような彼女の声。
そして、気持ちを切り替えるように一転して明るく答える。
「ほら、さっさと済まそうと思って」
その一言で、体中がカッと熱くなる。
「そんなに僕のことが嫌い?」
「え?」
ずっと心の奥でくすぶっていた想いが一気に溢れ出す。
「さっさと済ませたくなるくらい、僕のことが嫌い?」
「ええ? な、なんの話!?」
「君はいつだって、嫌いな人参も大っ嫌いな歴史の課題も真っ先に片づけてたじゃないか。さっさと片づけたくなるほど僕のことが嫌い?」
僕達は政略結婚だ。
でも僕はずっと彼女の事が好きだった。
内気で運動が苦手で、容姿だって地味な冴えない僕に、彼女はいつだって笑顔で接してくれた。
剣の腕も乗馬もダンスも何一つ彼女に敵わなかったけど、彼女は一度も僕を馬鹿にはしなかった。
それどころか「練習に付き合ってくれてありがとう」って、いつも笑顔を向けてくれた。
だけど、やっぱり好きな相手にはカッコイイ所を見せたくて、これまで最低限しかやって来なかった剣や乗馬の練習を積極的にするようになった。
さすがにダンスの練習は、一人では限界があるので彼女に付き合ってもらったけど、彼女は下手くそな僕に嫌な顔一つせず相手をしてくれた。
時々アドバイスをくれたり、なかなか上達しない僕の事を慰めたり、上手くできた時は褒めてくれたり。
おかげで、今では人目があっても気後れせず楽しく踊れる。
もし彼女のどこが好きなのかと問われたら、僕はいくらだって答えられる。
この国の言葉を覚えるため、たどたどしいながらも周囲へ積極的に声を掛けて会話しようとする努力家な所。
剣も乗馬もダンスも下手くそだった僕の事を馬鹿にする事なく、上手くなるまで嫌な顔一つせず、練習に付き合ってくれた優しい所。
照れた時、それを隠すためについ憎まれ口をきいてしまう所。
それに何より、周りを明るくするあの笑顔。
彼女の事を知るたびに、彼女と時を重ねるごとに、日に日に想いは深まっていく。
きっと僕は、初めて逢ったその日から毎日彼女に恋してる。
だけど、彼女の方はどうだろう?
僕の事をどう想っているんだろう?
僕の事を好きでいてくれるんだろうか?
ずっと聞きたくて、でも聞けなくて。
だから、少しでも彼女の隣にいても釣り合うようにと、ずっと努力をしてきた。
地味な容姿は変えられなくても、せめて彼女の隣りにいても恥ずかしくない自分で有りたいと己を律してきた。
でも、それも、すべて無意味だったのか。
自分の弱さと愚かさに打ちのめされそうになった僕は、彼女の必死の叫びで現実に引き戻された。
「ち、違うわよ! 貴方を嫌ったことなんて一度もないわよ。ただ、私も貴方もこんなこと初めてじゃない? いつも身体を動かすことは、剣でもダンスでも乗馬でも私が率先して誘ってたから、今回もその、私がリードしないとって……」
彼女の言葉から、始めの勢いが段々となくなっていく。
だけど、赤く染まった顔が今の言葉が真実だと告げている。
「ありがとう」
何に対する感謝なのかはわからない。
だけど、彼女の気持ちが嬉しくて、思わず笑みが零れる。
そのまま僕は、ごく自然に彼女に口づけをした。
彼女が目を白黒させる。
「だけど、今回は僕に任せて欲しいな」
彼女から想いを受け取った僕は、思考が停止している彼女を現実に引き戻すように再度唇を塞いだ。
彼女の戸惑いが伝わって来るけど、嫌がる気配はない。
僕は何度もキスを繰り返して、彼女がやっとそれに応えてくれたのを合図に、そっと彼女の衣服に手をかけた。
そうして、夜は更けていく――。
翌朝、会議の時間があるからと、申し訳無さそうな様子の侍女に起こされて、僕はベッドの上に体を起こした。
傍らには、ずっと恋焦がれていた彼女がすやすやと眠っている。
「おはよう」
まだまだ彼女と離れがたかったけど、その想いを振り切るように彼女の頬に口づけを落とすと、僕はいつも通りの日常へと戻っていった。
(完)
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