1月26日 だから私はマスクをした
「ねえ、わたしキレイ?」
路地裏で女性に声をかけられた。長身で髪が長く、大きなマスクを付けていた。
「目が綺麗ですね」
私は彼女を少し眺めて、淡々と言った。
女性はえっと驚いた様子で、マスクにかけていた手を止めた。
「見せて下さるんですか、素顔」
彼女はしばらく考えているようだったが「化粧を忘れていたので帰ります」と踵を返した。
私は逃してなるものかと彼女の手を掴んだ。
「そんな風に言われたことがないので、自信が、ないんです」
陽は傾き、路地裏には我々の重なった影が伸びていく。私は手を離さなかった。
「わかり、ました」
彼女は決意したように、私に向き直った。そしてゆっくりとマスクに手をかけた。
「その、驚かないでください、ね」
痛々しく耳近くまで裂けた彼女の口があらわになった。私の台詞は決まっている。
「やっぱり、綺麗じゃないですか」
沈む夕日の方角にスキップで去っていく彼女の影が、私の顔に落ちている。
彼女が見えなくなってから額の汗をぬぐうと、携帯を取り出した。簡単な報告を済ませると、事務的な声が返ってくる。
「お疲れ様でした。では社会復帰プログラム第1段階クリア。次のステージへ移行して下さい」
私はカバンから社会復帰プログラムと書かれた冊子を取り出し、2項目を確認した。
このバイト、長続きしないなと思ったが、こんなこと彼女には口が裂けても言えない。