1月20日 タダより甘いものはない
目を開くと、そこには瞼の裏より深い闇が横たえていた。
凍える体を起こそうとしたが、どうやら手足を縛られているらしい。芋虫のようにもだえることしかできない。
やわらかい氷のようなものに触れ、私は動くのを止めた。
猛烈な吐き気が襲ってきた。何らかの器具で口が塞がれているらしい。胃から逆流してきたものは流れ出ることなく留まった。
耐えきれず、強烈に甘いそれを無理やり飲み下した。
「ひとシュークリームもらえますか」
外でくぐもった声が響いた。それでこの空間は、そう広くないことが分かった。
おひとつでよろしいんですね、そう返答した声には聞き覚えがあった。
私は、僅かなヒントを手繰り寄せるように、必死に時間を遡った。
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しこたま飲んで、深夜帰宅途中だった。
前方に赤い提灯が見える。車と一体になった屋台だ。ラーメンだったら食べたいな。
接近すると意外にも、甘い匂いが鼻の奥をくすぐった。暖簾には何も書いていない。
私は屋台に近づき、暖簾の奥の顔が見えない店主に、何を売っているのか尋ねた。
「シュークリームですよ」
そんな屋台聞いたことがなかった。身体は冷えていたが、興味が勝った。
「いくらですか」
「お兄さんだったら、無料でかまいませんよ」
店主は、手のひらサイズのシュー生地にチューブを差し込んでクリームを注入した。
ビニールの手袋をつけた店主の手は、驚くほど大きく無骨だった。
私は内心ムッとしつつ一口ほおばると、脳のタガが外れた。こんなにうまいものが、この世にあったのか。
店主は、どんどんシュークリームを作り、私はひたすら貪った。
そのうち作る速度が間に合わず、店主はチューブを手渡してきた。
私の胃は甘く濃厚な濁流を受け止め続けた。そしてそのうち意識がぷっつりと途絶えた。
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ゆっくりとドアが開かれ、鋭い光とぬるま湯のような外気が滑り込んできた。
私の隣にも縛られ、腹を異様に膨らませた人間がいたのが分かった。
「どちらにしましょう」
声から察するにシュークリーム屋の店主であるらしかった。
店主もその向こうで私たちを値踏みしているのも人間ではなかった。餓鬼のような容姿と形容するのが最も近い。
代金を受け取ると店主が手を伸ばし、私を冷蔵庫から引きずり出して言った。
「ひとシュークリーム、おひとつお待ちどう様」