9.アパッチ
雄馬は「第六室研究所」のヘリポートで日高と別れた。その両手には「シード」と研究データが入った、厳重なアタッシュケースが握られている。ハッカー対策のため、NACではアナログ回線を使う。会社の機密、いやひとつ間違えば、この発見は人類の歴史を変えてしまうものだと雄馬は思った。
「これは、知ってはならなかったものかも知れない」
「気をつけてください、オートセキュリティーを発動しています。室長以外にこれを持ち出せません。このデータは世界中の軍事産業からも狙われています、外に持ち出したときから、周りはすべて敵なのです」
早々と雄馬のGPSセキュリティー・システムは最高ランクの「3A」にロックされていた。日高の判断はお見事という他はない。ようやく機内の気圧になれた頃、雄馬はヘリの後部座席に人の気配を感じた。
「ユウマ博士、データ渡す、ヨロシ?」
その右手には、拳銃が握られていた。迂闊だった、既にヘリは舞い上がったところだ。しかし彼はこう言った。
「何の事だ、我が社の特許は全て解放している、数日もたたないうちに世界中の誰でも平和利用できる。独占などしていない」
男はサングラスの下で笑った。
「ソノ、データハ別。ヨコセ」
(こいつ、何故知っている)
その男は拳銃の安全装置を外した、本気だ。雄馬はケースに掛けていた手錠の鍵を取り出し、左手の鍵を開けた。それを受け取り男は言った。
「殺サナイ。私ノ娘、アナタノオカゲ、人工心臓、助カッタ、サヨナラ」
そう片言の日本語を残し、男はヘリから空中に飛び出した。パラシュートが開いた。その下にはスノーモービルが数台待機している。
しかしそのパラシュートは地上に降りる事はなかったのだ。雄馬の手錠から出る信号で「GPSセキュリティー・システム」が作動し、複数の監視衛星からレーザが発射された。男もスノーモービルも、そしてアタッシュケースも一瞬で蒸発させた。それはNACの恐るべきセキュリティー・システムだった。ヘリのドアを閉めた雄馬は、パイロットが無事だった事に安堵した。もちろん彼はヘリの操縦などできはしなかった。パイロットは日本に連絡をいれた。そして雄馬に座席のベルトを締める様に促した。
「しっかり体を固定してください、少し揺れますから……」
国境の尾根の向こうから5機の「アパッチ型」のヘリが向ってきた。NACのヘリも軍用のものだ、しかし主な「装備」は外されていた。それを見越して先頭のヘリの機銃が火を噴いた。それを上昇してかわす。第二のヘリは後を追ってくる。重い装備の「アパッチ」はこのヘリの速度にそれでも食い下がり、ロケット弾を発射した。おそらく追尾式に違いない。雄馬のヘリはそれを振り切るだけの速度は出ない。雄馬のヘリのパイロットはとんぼ返りをした。
「気は確かか?向って行くなんて」
思わず雄馬は、そう叫んだ。しかし次の瞬間、ほんの数秒間だけ短く、機銃が火を噴き、ロケット弾は爆発したのだった。「アパッチ」の前に広がる煙幕を突然、雄馬のヘリが突き破ってきた。慌てた一機が味方のヘリと接触した。
「これでふたつ、あと3機」
どうやらこのパイロットは逃げ切るつもりだった。しかし振り切るのは到底無理だろう、核兵器まで搭載可能な「軍用ヘリ」に叶う兵器は見当たらない。そしてもうひとつの最強の兵器こそNACの「GPSセキュリティー・システム」だった。
三機の「アパッチ」もその数秒後、雄馬の視界から一瞬で消えた。