8.ミトコンドリア
雄馬はマウスが数日で食い尽くされ、無惨に死んでいるのが。単に宿主の大きさの違いだろうと思っていた。それは遠くはなかった、日高は話し始めた。
「何故、パラサイトは数日で死んでしまったのか。マンモスとどう違っていたのか。私は発達の経過を調べようと、マウスを切開しようとしました。しかし結論から言えばそれを調べる事はできなかったのです。そしてサンプルが死んだ後にやっと取り出せたのです」
「では『シード』が死んだ原因は不明なのか?」
「いえ、見当はついています。これがマウスを切開しようとした時のものです」
その光景は、彼には信じられないものだった。マウスに麻酔が効かないのだ。そのため拘束して麻酔なしで切開する様になった。しかしメスが皮膚に刺さらない。レーザー・メスすらはじき飛ばす。麻酔用にガスを使ってみたがマウスは瞬きひとつしない。
「こんな事があるのか?」
「マウスの皮膚が硬化していたのです。ジルコニアの様に堅く、そしてシルクの様にしなやかな皮膚へと」
「まさか、何のために?」
「ゴラゾームですよ、室長」
「変異細胞、ゴラゾームがそんなものに変えたというのか。まるでマウスの危険を感知した様に思える、そうかだからマウスの脳に寄生していたのか……」
「パラサイトが宿主を守る、それは自分のためですからね。程度は違っても今のパラサイトにもその行動はありますからまず間違いないでしょう」
「待て、日高。ではマウスが死んだのは何が原因なのだ、ガスさえ受け付けないと言う事は、ウィルスさえはね返す。マウスはある意味不死ではないのか?」
日高はその疑問について自分も同じ疑問を持ったのだと言った。
「死んだマウスは、マンモスと同じでした。体中のゴラゾームはこの『シード』が吸収したのでしょう。ひとかけらも残っていませんでした。ただマンモスの様に脳に『種』としては見当たらなかったのです。この成長途中の死骸しかありませんでした。不思議に思った私は、冷凍保存していたマンモスの細胞とマウスの細胞を比べてみたのです。それで解った事がありました」
細胞のなかには、未だにその役目が解明できていないものが多々ある、人は遺伝子一本さえ創り出す事はできない。それぞれの細胞の拡大画像が切り替わったモニターに映しだされた。マウスの細胞ほとんど細胞壁が壊れていた。しかしマンモスのそれはほとんど壊れていない。日高は「レーザー・ポインター」を使い、説明した。
「細胞壁が壊れているのは実は問題ではありません、ここが注目するところです」
日高はマンモスの細胞の「ミトコンドリア」を指し示したのだった。
<ミトコンドリアはそれ自身にDNAを持つ、それは輪状のものだ。最近の研究ではミトコンドリアのDNAは母方のものであり全て同じのものだ。最初の母からえんえんと20万年も続いていると言われている、その人類最初の母は「ミトコンドリア・イブ」と名付けられている。>
「マンモスのミトコンドリアはおよそ二割は消失しています。そしてマウスの方は全てが消失しています。それがひとつの事実です。何故マウスはたった数日で死に、マンモスはとてつもなく生き延びていたか。それはこう言う事ではないでしょうか」
日高は、彼の推論ですと断り、雄馬に結論をのべた。