60.その日
「新しく何かを作り出すためには、何かを一度破壊する必要があるの。この地球上で、もっとも早くそれを行ったのがマスター・シードだったのよ」
ルツはそうジグに言い残し、やっとサラの体を彼女に返した。次第にその姿が薄くなってゆき、彼女はジグに微笑んだ、それを見るジグは狼狽を隠せなかった。
「ルツ、行くな。行かないでくれ、俺はどうしたらいいんだ?」
「ジグ、あなたは私、私はあなた……」
「俺は見たんだこの地球の最期を。ルツ、お前をきっとこの手で月に運んでやる、この星の生き物たちを全て連れて行くんだ……」
しかしもうルツの声は聞こえなかった。暫くしてふらふらとサラが数歩歩いた。そしてサラの背後から声が聞こえた。
「やはりね、おかしいと思った。日高さんが意識を取り戻した後、まるで人が変わったように『ZIG』と深く関わっていったのは、そう言う事だったのね」
「お前に俺たちの何が解ると言うのだ、由樹」
趙と母をその体に取り込み、シードの力を使い、ルツに変異したサラ。それは少しの間ではあったが、彼女は疲労のためその場に崩れた。変わって立ち上がったのは美樹、しかしジグが言った通りそれは亜矢の母、由樹に違いなかった。
「ルツの話を続けましょうか、サラがオロスの村で見つけたイモムシの正体を教えてあげるわ」
「イモムシの正体だと」
「葉を食べ分解し、イモムシは丈夫な糸を体内で作り、それを紡ぐ事ができる。それは自分の身を守るためのもの。マユの中で蛹となり羽化するために」
「そのイモムシが何だと言うのだ」
「サラが見つけたイモムシはね、ジグ。ルツが地球の様々な生き物たちの塩基配列を写し取り、その体に取り込んだ姿なのよ」
「ルツがイモムシになっていただと?」
「そう、そしてルツはあなたと同じ、この星の最期を知っていた……」
「この星が太陽に引き寄せられていく未来、太陽が膨張する日の事を知っていたのか」
「本当のスイング・バイとはあの月を地球の衛星軌道から離脱させる事、そしていつの日か、月を第二の地球にするために」
××××年、太陽フレアが活発に成長し、オーロラも地球の広範囲で観測されることが当たり前になった頃、地球の公転速度もわずかずつ加速していった。そしてそれはついにこの星の自転速度にブレーキをかけた。一日が次第に長くなりはじめ、太陽に照らされる地球の「昼半球」には容赦ない紫外線が降り注ぐ。とうに地上には動くものはいない。反対に「夜半球」は全て氷の世界となった。そしてついに星は自転を止める。太陽に飲み込まれていく地球、その時この星は、唯一の衛星「月」を手放していた。その「月」におびただしい生命体のコピーを脱出させる事が、マスター・シード「ルツ」の役目だったのだ。
ジグは由樹にこう聞いた。それは悲痛な叫びに似ていた。
「シノが亜矢の中で眠り続けているのは何故だ、何故わしを取り込まない。何故目覚めてはくれないのだ」
「ルツの言った通り、既にその夢は叶わない。シノはマスター・シードとして自らがこう選択した。この星を救うと」
「この星の運命を変えると、そうシノが選択しただと……」




