6.古代生物
「第六室オロス研究所」そう掲げられた真新しいドアの横には、「網膜認証」と「心拍数」を感知する小型のカメラとスキャニングシステムがある。微妙な心拍数の変化がある、ものは入室できない。機密を守るために冷静な研究員以外は立ち入りができない。そこは数年前、ようやく探し当てた「ゴラゾーム」のサンプル「冷凍マンモス」が運び込まれた「NAC」の研究所だった。エアーカーテン、滅菌室をくぐり、防寒と防菌を備えた軽量のヤッケを白衣の上に着ると。雄馬は最後のドアを開けた。
「室長、急にお呼びいたしまして申し訳ありません。これが『例のもの』です。どうぞ」
「日高君、それは間違いなくサンプルから摘出したものなのか?」
日高と呼ばれたのは、雄馬の後輩の男だ。ここを任されているリーダーだった。肉眼ではよくわからない、彼は電子顕微鏡をモニターにつないだ。それは胞子のような物体だった。
「これは、何かの胞子のように見える」
「もう一つご覧ください」
今度の映像はその胞子が発芽したのか、先端から長く白いものが伸びていた。彼はこれは十日前のものだといい、モニターの画像を今度は動画に切り替えた。
「私も冷凍保存されたソテツやシダが発芽するのを知っていますが、これはまったく違います。これが一昨日の画像です」
モニターに映し出された「それ」は一本の鞭毛で器用に動き回っていた。「それ」は生物だったのである。
「これは、大発見じゃないか! ぜひ実物を見せてくれ」
彼は、興奮を抑えきれなかった。マンモスとともに現代に甦った生き物にこの時代の感想を聞いてみたいものだ、とそう思った。ところが日高は残念そうに言った。
「今朝、死んでしまいました。これをご覧ください」
彼は日高の差し出した丸いシャーレを手に取った。それは十センチは超える大きさの生き物の死体だった。例えていえば白い「朝鮮人参」の様でもあり、長いムカデの様な多くの節を持つ姿だった。
「たった数日で死んでしまったのか、しかもここまで成長したというのか」
「でも驚くのはこれからです、サンプルのデータ室へご案内いたします」
あの古代生物は、すっかり汚れた今の大気になじまなかったのかも知れない。彼は科学者ならぬそんな、想像に照れ笑いしそうだった。サンプル室には「マンモス」があるはずだった。しかしそこにあったのはまるで内側からガスを詰め込まれて破裂した様に内蔵がはじけた肉のかたまりがあるだけだった。
「一体、何が起こったのか説明してくれ」
日高はファイリングされたデータと写真の中から、動画チップを取り出すとプロジェクターを操作した。
「まるで今にも動き出そうなマンモスだな、待て。あの目は動いている、まさかマンモスが生きているのか?」
「はい、マンモスは生きていたのです。昨日までは、休眠していたと言うべきかもしれませんが……」
日高がそう言って画像を変えた。それはマンモスの脳を切開したところだった。