57.毛無しザル
ジグ、それは最後のマンモスだった。
「ウハヒヤン(囲め!)」
意思疎通の手段としては身振りで足りる。集団で暮らす原人たちは、使える言語もまだ少なかった。
「生意気なサルどもが!」
マンモスは雨のように降り注ぐ石弓を身体中の長い毛で弾き、狩猟に命懸けの原人たちに向かって行った。それはべルム氷河期もそろそろ終わる頃だ。
その男は、槍を構えた。マンモスの目を貫く為に、特別に磨きこんだ石は赤黒く輝いている。原人たちは集団で狩猟をし、長い間に巨大なマンモスさえ仕留める術を得た。その原人たちは「選ばれなかったサル」だった。そう「選ばれたサル」は、高度な知能を持ちやがてこの星の衛星、月へと旅立った。
「スルヌワン、グンテ(今だ、グンテ)」
仲間の一人が合図をした。迷いも無く、グンテと呼ばれた男はその槍を放った。
「グフッ、おのれっ!」
マンモスは右目に、男が放った槍が突き抜ける痛みを感じた。さしものマンモスも、その痛みは未経験だった。ブルルと首を大きく震わせて、その槍を強引に抜いたマンモスは飛びかかる何人かの原人達を長い鼻ではね飛ばした。それにお恐れをなした原人たちは、今度はマンモスを遠巻きにし、石つぶてや槍を投げる。投げつけられるそれらが止む事無くマンモスを襲った。さすがにマンモスも身の危険を感じ始めた。
「次から次としつこいやつらだ、ここはいったん逃げ出そう……」
左目が原人のまばらな方向を確認した。大きく左に方向を変えて巨大なマンモスは駈けだした。しかし、それが原人たちの「罠」だったのだ。
「ズドドドーン」
舞い上がる雪とともに、突然マンモスの体が雪に埋もれた。
「落とし穴か!」
後ろ足で立ち上がり、それでもマンモスは穴から半身を乗り出した。
「スルヌワン、ゲドラ(今だ、しとめろ)」
グンテのそのかけ声を待っていたかのように、いっそう殺気のこもった石弓と槍がマンモスを狙い、再び上空を舞った。自由を奪われたマンモスには、なす術も無い。グンテは何度となく繰り返してきた「マンモス狩り」をまるで楽しんでいるようでさえあった。原人たちはそれぞれの自慢の「道具」を放つ瞬間、この最大の獲物、マンモス狩りの成功を確信し、巨大なマンモスは死を覚悟した。やがて石弓も槍も数が尽き果てたのか、ぱたりと止んだ。狩りも終焉が近くなったのだろう。
「ああ、俺は死ぬのか……。この寒さの中、餌を求めて何日も歩き続ける事も、こうして原人たちに向って暴れる事も、金輪際なくなるのか、このサルどもに俺も食われてしまうのか、まあそれはそれでいいのかも知れない……、おや?」
マンモスの左目に映るものは一匹の「毛の無い」サルだった。明らかに原人の骨太の体とは違い、どことなく華奢な白い体のサル、しかもその乳房はメスに違いない。マンモスは思い出した。
「お前は仲間から聞いた事があるぞ『選ばれたサル』だ。お前がこいつらに余計な事を教えたのか、このサルめが!」
そのメスのサルは、ゆっくり瀕死のマンモスに近づいていった。




