56.最古のシード
「ラビ、あなたの体の中に、姉さんが……。そんなことって」
「ごめんなさい、今まで秘密だったの」
「そう、そして美樹、俺には雄馬が取り込まれている」
そう言いながら、哲生は体の透け始めたラビに近づいた。
「なるほど、二人が死ぬ前に取り込んだというのか、忌々しい子ウサギが」
「この事に気付いたのは、趙のおかげ。さあ、本体を現しなさいジグ!」
ラビが後方宙返りを決め、バニー・レディーに変異した。
「クククッ、お前達の力でおれを倒せるものか」
亜矢の体から異様な触手が生え始めた。その姿はもはや亜矢ではなかった。
ムチのようにしなる、トゲの生えた触手は亜矢の指からさらに枝分かれしてラビを襲う。俊敏なバニー・レディーの跳躍も、そのムチをかいくぐる事が容易ではない。その戦いに始祖鳥と化した、哲生が加わろうと跳び上がった。
「ケオオーン……」
雄叫びとともに、始祖鳥は宙を舞った。そして胸襟を掻きむしる、その羽毛の先には86が仕込まれていた。羽毛の渦が一斉に亜矢に向う。
「同じ手に二度もやられると思うな、哲生」
ムチに生えていたトゲが一斉にはじけ飛び、86のたっぷり仕込まれた羽毛をことごとく貫く。勝ち誇ったかのように亜矢の体を乗っ取ったジグは笑った。
「ククククッ、しょせんお前達に、この娘の体を傷つける事などできまい。愚かな人間どもめ、だが俺は容赦しないそらっ!」
ジグが右手でラビ、そして左手のムチで上空のアルケオプテクリスを遂に捕らえた。落下する始祖鳥は駿河哲生の姿に戻った。
「さあ、今度は確実に絞め殺してやれる。そしてゆっくりいただこう、ポーレンとその珍しい『マスター・シード』とやらをな」
ジグはそう言うと左右のムチを一気にしぼり始めた。ムチがきつく首を閉める、しかし二人ののどからは声さえも出ない。その様子を見て、趙がサラを揺り起こした。
「サラ、俺と母さんを取り込め。今しかない!」
趙がサラに強い口調で言った。一瞬戸惑うサラは、しかし首を振った。
「できないそんな事……」
「父さんを信じろ、いや、ルナティ86を信じるんだ」
「ルナティ……、86を信じろというの?」
意を決したサラはあのオロスの村で出会った「緑色のイモムシ」のことを念じた。
「サラーム・チムール・ミノオロース……」
サラのその言葉に反応し、サラを守り続けていた「最古のシード」が遂に目覚めた。
「なにっ、趙の娘もシードを持つと言うのか、マンモスに残っていたマスター・シードではないはず。一体どこで保存されていたものなのだ?」
その言葉を耳にしたジグはラビと哲生の首から長いムチを引き戻した。既に二人の呼吸は無かった。
サラの緑の髪が広がり、趙とサラの母親を包み込んだ。やがてその髪は元の長さに縮み、サラは髪をかきあげた。その体は大人の女性だった。その女性はジグを見つめて優しく微笑んだ。言葉も無いジグに彼女は続いて声をかけた。
「私を忘れたと言うの、ジグ。最後のマンモス、心優しきジグよ」
「あなたは、あの時の……。わしは今、夢を見ているのか……」
「夢ではありません、私はずっと生き続けていたのです。あなたたちが目覚める時まで」
「では、あの日の約束はこの日まで守られていたのか?」
「ええ、ともに、シノを迎えるために」
「では約束通り、もう一度目指すのだな、あの月を」
上空には昼でもジグの目には月が見えた。しかし彼女はそれには答えない。
「何故黙っている。わしに命じてくれ、生き残ったシードを救えと」
だが、悲しげに彼女は首を横に振った。
「もうそれは叶いません、ジグ……」




