55.選択のとき
「スーパー・ムーンはミトコンドリア内の『ゴラゾーム細胞』を活性化させ、ついにはそれを破壊する。進化とは自然淘汰の証拠だとされているが、それは生命体の選別に他ならない……」
誰もが声の主を捜した、しかし該当するものはいない。話は続いていった。
「変異細胞をさらに強め、あるものは堅い外殻を持つ、あるものは光の届かない場所へと住処を変えた。大規模に移動するものは海中に沈んだ、何も持たないものの中には分厚い氷に自らの体を閉じ込めたものもいた」
「その声は、橘博士……」
日高がそう言って声の主を見つけようと視線を配った。
「スーパー・ムーンは容赦ない、地球全体にシードの痕跡が見られるのは全て彼等のうちで逃げ遅れ、死滅したものだ。やがて地球の赤道近くにあった大陸にシードが集まり始めた。それは海中に逃げたものたちが最初だった。次いで合流したのは、人類に寄生していた少数の種族。科学者に寄生したシードたちはついにこの星から脱出するという「選択」をしたのだ」
「亜矢ちゃん、どうして?」
気を失ったままの亜矢が、うなだれ、その両手をだらりとさせたまま立ち上がっていた。
「シードにはマスター・シードとポーレンがある。ポーレンは寄生した相手から養分となるミトコンドリアだけでなくその知識も吸収しマスター・シードの元へ届けるようになっている、人に寄生したポーレンは『ラグ・ポーレン』という。わしはラグとなり微小な塵に変化し、通夜のときに亜矢の体に寄生した。だがそこには『先客』がいた」
「亜矢の中には『シノ』という名のマスター・シードがいた……」
「その通りだ日高、しかしもっと驚くべき事があった」
「驚くべき事?」
「そうだ、ラビは知っている。シノに話を聞いているはずだ、しかし既にその記憶は薄れていよう。日高君もそうだ、既に覚えてはいまい」
「スイング・バイを使ってあの月へ脱出したということか?」
哲生が口を開き、小さく美樹が頷いた。
「君が何故、そんな事を知っている。マスター・シードに会ったのか?」
「博士が持ち帰ったマンモスのサンプルの中に、一粒変わったポーレンがあったのです。父(稲荷教授)はそれがポーレンをまとったマスター・シードである事を突き止めました。ある日発芽したポーレンが、私に飛びかかろうとしました。それを哲生がかばってくれたのです」
美樹が博士の問いに答えた。
「そうだったのか、では君は知っているのだな。彼等が脱出に成功した事を、置き去りにされたマスター・シードがこの星でどうやって生き残っているかも」
「ええ、この星に置き去りにされたマスター・シードはパラサイト・シードとして生き残るしか無かった。進化の頂点に立つ知識と豊富なミトコンドリアをもつ知的生命体のパラサイトとして……」
駿河哲生は亜矢と同じマスター・シードを持つ体だったのだ。
「ミトコンドリアの配列パターンを変異させ、様々な生物の特殊能力を身につけたシードモンスターたちも次々にマスター・シードに取り込まれ、そしてロイヤル・スーパー・ムーンの夜、月光から『ルナティ86(エイト・シックス) 』を道先案内として選び、かつての仲間達のいる月へと旅立つ。それは一体何故なのだろうか?」
哲生は思わず自分の手で口を塞いだ。その声はまるで雄馬の声だ。
「お前達も一緒に行けるのか、ああ良かった」
「良かった?」
変異の力を失っているラビが亜矢を睨みつけるように言った。
「冗談じゃない、他人のミトコンドリアをこっそり盗んでおいて、そのまま持ち逃げするつもり?」
「この星は、やがて……。お前も見たろう、86だけではない。この星にやがて届く様々な宇宙線は再び恒星へとこの星を変えてしまうだろう」
「そう、シノ様はそれを私に見せてくれた。でも、『滅びの日』はずっと先の事。シノ様はそれを避けるために脱出した仲間と合流するとおっしゃった」
「全ての生き物を救う事などできない、ミトコンドリアをコピーするくらいだ」
ラビは首を左右に振って立ち上がった。
「やはり、シノ様は正しい。いい、既に月には生き物は存在しない。この星を脱出した仲間は、宇宙空間に散らばっていった。たどり着いた所で新しい命を生むために」
「では、シノの言う仲間と合流するとは一体どういう事なのだ?」
ラビがしっかりした口調で亜矢に向って言った。
「こう言う事じゃないの? 橘善三に成り代わったモンスター・ジグ!」
ラビがそう言って、くるりと一回りしてその体を亜矢に見せた。




