54.最後の実験
研究室に一人残った日高は、今までの研究を頭の中で整理しながらキーボードを叩いていた。もうあとひとつ試すには危険が伴う、由樹を巻添えにする訳にはいかなかった。彼は実のところ妹の美樹よりも姉の由樹の方に惹かれていたのだった。
「雄馬、彼女を泣かしてみろ……。いやそれはないだろうな、残念だが二人はお似合いだ。俺のお相手は、目下のところ『イブ』だな、ハハハッ」
その研究所に忍び込んだ男に、日高は気付かなかった。
「さて、こいつの発芽のためには栄養素が必要だ。それは生態の持つ細胞の中でもミトコンドリアだというところまでは間違いない。そしてその成長のためには想像以上に多くのミトコンドリアが必要だということも。実験の結果から導いたのはその栄養になる生体は、そうだなマウス、ウサギ、猿でも足りない。それは多分に生体の寿命も関係する。まるでパラサイトだ、成熟するまで数十年の時間が必要になるのではないのか」
日高はマウスの中で死亡した「ポーレン」と先日まで生きていたリスザルから採取した「ポーレン」の画像を解析しながらそうひとりごちし、やがて立ち上がった。
「俺は研究者として、解明しなければならない。太古の地球に何が起こったのかを、そのためには喜んでこの身を捧げよう」
培養した「ポーレン」を日高は冷凍室から取り出し、デスクに置くと由樹の作った栄養素を数滴シャーレに入れた。
「あとはこいつを目覚めさせ、俺に食いつかせる。よしビデオが回り出した、さようなら由樹、雄馬と幸せになれよ……」
小さなうめき声とともに、日高はのけぞり床に転がった。「ポーレン」は発芽し、目の前の宿主に向い「食い付い」たのだった。その数分後ドアを蹴破り、侵入して来たのは「Z会」のエージェントだった。
翌日ベッドで目覚めた日高はその夜の記憶を失っていた。警察は侵入者に後頭部を殴られたからだと結論付けた、しかし持ち去られた研究資料と培養した「ポーレン」と「ビデオ」はいっこうに見つからなかった。それらは既に「Z会」の地下資料室に運び込まれていた。その資料を日高が再び目にした時、既に彼にとって培養した「ポーレン」以外の資料は何ひとつ意味の無いものだった。
「残念だが、日高君の意識はまだ戻らない、体温は極低温のままだが、しかし命には別状無い」
稲荷教授が連絡を受け、翌日到着した雄馬と由樹にそう説明した。
「どうして? 意識が戻ったって言ったじゃない、お父様」
そう言って詰め寄る由樹に教授は経過を説明した。
「日高君は、暫くしてまた意識を失ったんだ。そうだな、もうろうとしていたかと思うと突然ハッと気が付き、こんな事をつぶやいた。そしてまた昏睡し始めたのだよ、由樹」
教授は取り出した「ボイスレコーダー」の再生を始めた。
「……これが、太古の生命体が選択した進化の道か。そしてパラサイト・シードの目的なのか。信じられんこんな事がほんの数万年前まで繰り返されていたのか。人は滅び去るのか、おのれっ、マスター・シード、スーパームーンの選択は本当に起こるのか……」
これが「ジグ」として変異する以前の「日高良化」の姿だった。その後意識を取り戻した彼はオロスの研究所に配属された。もちろん、精密検査でもエックス線でも、パラサイト・シードは見つからなかった。亜矢の中の「シノ」同様に彼もまた完璧な自己防衛がされていたのだった。その日高から力が消えていったのである。一体何が起こったのか、その疑問に答えたのは誰も予想しない声だった。




