表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
満月少女 亜矢  作者: 黒瀬新吉
5/67

5.オロス

 「NAC(ナック)」とは「日本アカデミア」の略称である。ある画期的な発見で「橘善三」が今の財産と地位を築いた半世紀ほど前に、その財の大半をつぎ込み創設した、我が国最大の科学研究所である。その研究の根幹は雄馬が室長の「第六種変異細胞研究室」略称「第六室」なのだ。ここでの主な研究は「変異細胞」と呼ばれる外的刺激によって様々にその形態や性質を変えて適応し続ける細胞、善三が『ゴラゾーム』と名付けたそれの研究だ。それを善三はまったく偶然に発見した。それを発見したのは彼が趣味の登山で北極圏の小さな村「オロス」に足を踏み入れたときの事だった。


 未知の永久凍土層が善三の目前にあった。カルピナが外れた拍子に慌てて打ち込んだピッケルが薄い氷の壁を打ち抜いた。手応えもほとんどなく彼の頭ほどの穴が氷の壁にぽっかりと空いた。その穴の奥をヘルメットに装着していたヘッドランプが丸く照らした。彼はぎょっとした、マンモスだろうか凍り付いた毛むくじゃらの太い足が上向きに伸びていたのだ。まるで今にも動きそうであった。

「何だ、脅かしやがる。大昔の凍ったマンモスか」

永久凍土層という天然の冷凍庫にマンモスが閉じ込められているケースは最近では数例報告されているが、それでも稀な事だ。かといって偶然発見した彼がそこへ再び来れる可能性はほぼ0%だろう。彼は少し悩んだが、サバイバルナイフでマンモスの体の一部を切り取りザイルを器用に編んで背中に背負って麓に戻った。


 「それにしても、この毛も滴る血もまるでつい先刻(さっき)まで生きていた様だな。この肉はステーキにしても食えそうだな」

まだ若かった彼はそう言って笑いながらウイスキーを空けた。


 その保存状態のきわめて良いマンモスの肉片に『ゴラゾーム』があった。雑然とした彼の地下の部屋でそれは、マイナス100度の超低温で数年間冷凍保存されたままだった。のちに彼は大学の卒業論文で「変異細胞」について発表、脚光を浴びる。『ゴラゾーム』は特に再生医療用として全世界で使われた。倫理上の観点から脳以外のヒトの体は爪や髪から心臓さえ元通りに再生できる。そしてその最初のサンプルこそ彼が「オロス」から持ち帰った「マンモス」の肉片だった。彼が入れっ放しだった、肉片は二年のうちに特注の大型冷凍庫のドアを突き破っていた。


驚くべき事にその肉片はマンモスの足をほとんど『再生』していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ