46.来客
「16時間は経った、よしそろそろ行こうか」
そういうと男はベッドの下から這い出した。床の上の窓側には、女の細い指先を伝って滴り落ちた出血が、既にどす黒いシミを残していた。
「この女の方が少し甘い感じだったな、さて美樹はどうかなぁ?」
男はワイシャツに毛むくじゃらの腕を通すと、長い舌を丸めて飲み込んだ。男は立ち上がると長い犬歯を歯ブラシで念入りに磨き、モーテルを出た。繰り返される変死体の捜査線上には、第一の被害者「橘和子」の夫「橘健吾」、つまりこの男が浮かんでいた。しかしとっくに本物の「健吾」はこの世にいない。この「サーベルタイガー」に食い殺されていた。
「あら、誰かしら?」
美樹はモニターを見た。網膜、指紋、声紋認証されて、ようやく別室に男は案内された。
「おまたせしました、健吾さん」
しばらくして、コーヒーを用意した美樹が入って来た。
「相変わらず、厳重なシステムだな、ところでどうだ? 亜矢の様子は」
橘健吾の口調を真似して、男はそう言うと出されたコーヒーを飲んだ。
「ええ、ようやく落ち着いてきたわ。執事のと部屋にいるはずよ、ところで和子さんのこと一体どうなっているの?」
健吾の妻の和子が変死体で見つかった事は既に美樹のところに連絡が入っていた。しかし、健吾が重要参考人いや容疑者として警察からマークされている事はまだ美樹たちには秘密だった。
「そのことで、話がある。何か変わったことはないか?」
「変わった事って?」
「実は、俺の所へこんな物が届けられた」
男が持参した小さな箱を開けた。その中には小さな「シード」があった。
「こいつを亜矢に使えば、亜矢はきっと治る、そう手紙を付けてな」
「これは何なの?」
美樹はとぼけて健吾に尋ねた。彼は足を組み替えた。
「何でも、シードとか言う『寄生虫』の仲間らしい」
「そんなものまともに信じてるの? 馬鹿馬鹿しい」
「まあ、それもまんざら嘘でもあるまい……」
「ますます馬鹿馬鹿しい、信じているって訳? あなたも元は医者でしょうに」
「まあ、和子があんなにならなけりゃア、俺も信じやしないさ」
残ったコーヒーを飲み干して、健吾に成りすました「サーベルタイガー」は美樹に話を始めた。
「まあ、俺も人から恨みを買うのは慣れていた、医者と言っても保険証もない患者専門だからな、それにある『組織』に加わったこともあるし、随分前のことだが爆弾まで送られたこともあった」
男は「健吾」の記憶をつなぎ、美樹に話し始めた。この話は美樹はもちろん話すのは初めてだった。
「どうせそんなものだろうと、倉庫にそっと置いていたのさそれが一週間ほど前のことだ、すっかり忘れていたんだが、奇妙なことが起こった」
「奇妙なこと?」
「妻の和子がこっそり『そいつ』のところへいく様になったんだ」
「そいつ?」
「ああ、あとをつけてみて解った『緑色のイモムシ』だったんだ、そいつの正体は」
ドアをノックしてラビと少女が部屋に入ってきた。二人は屋敷に急いで戻ってきたところだ。
「紹介するわ、ラビそれにサラ」
「健吾だ」
無愛想にそう言うと、男は話をやめようとしなかった。二人もソファーにかけるとその話を聞き始めた。




