42.雪原
「くそっ!指が冷たくて感覚がなくなってきた。あとひと締めで終わる……」
テツは屋外の格納庫ですでに三時間も作業を続けていた。ようやくジェット・ヘリのタービンが改良型に交換された。エンジンが始動するのを確認して、テツはカバーを取り付け始めた。白々と空に色がつき、ひとつまたひとつと星が消えていった。
「どうやら、間に合った。だがゆっくりとはできない、吹雪も止んでしまったからな……」
彼の予感は当たっていた。雪が止むのを待っていたのは、三人だけではなかったのだから。
「グルルルッ、貴様が駿河哲生か? ようやく会えたな」
格納庫の屋根の上に、声の主がいた。彼はエンジンカバーの最後のボルトを締めると、革手袋を脱ぎ捨てて振り返った。
「お前が追跡者か? 鼻もなるほどよーく効くようだな」
彼は長いトルクレンチを手に取り、サーベルタイガーに投げつけた。
「フン」
鼻であしらい、モンスターは、右の前足でそれを弾き飛ばした。
「ガシャーン」
ジェット・ヘリ用の燃料棒の空き缶が次々と崩れ落ちた。それが戦いの合図になった。
彼はモンスターの大袈裟な長い牙を見て、少し安心した。
「おそらくこいつは、牙が最大の武器に違い無い。とすれば俺にも勝機がある」
彼は深く息を吸い、呼吸を整えた。壁に立て掛けてあった、二メートル程の鋼鉄の棒を握るとゆっくりと回転させ始めた。それは次第に回転の速度があがっていった。
「テツ、なぁに騒々しいわね、ああっ!」
さすがにラビが起きた。テツは背後のラビに叫んだ。
「サラとジェット・ヘリに早く乗り込め!」
二人が格納庫にもう一度現われた時、サーベルタイガーが鋼鉄の棒で弾き飛ばされるところだった。
「グェツ、こいつ……」
転がりながら、あの重い棒を振り回し、横っ面を殴り飛ばしたテツのパワフルさにモンスターは驚いた。その衝撃でさしものサーベルタイガーの牙も一本が砕け散った。
「バニーレディーが加勢するわ!」
「いや、そのまま上空で待つんだ。ラビ」
哲生はそう指示した。躊躇するラビに彼はこう言った。
「ヘリの操縦は君にしかできないんだぜ」
ラビはサラを押し込める様にジェット・ヘリに乗せた。しかしモンスターはジェット・ヘリの離陸を阻止しようとテツの頭上を高く飛び越え長い牙を剝いた。
「させるか!」
テツは唯一の武器、鋼鉄の棒をサーベルタイガーに投げつけた。
「ギャン」
再び地面に叩き付けられたサーベルタイガーはその鋼鉄の棒を腹立ちまぎれに噛み砕いた。燃料棒を気化するための補助ブースターが指導開始した。それを確認すると、彼はモンスターの注意をそらそうとこう声を上げた。
「俺が調教してやろう、町のサーカスに引き渡してやるぞ」
燃料棒が上昇分気化したのをゲージで確認すると垂直にジェット・ヘリのエンジンが角度を変えた。アフター・バーナーが点火された。
「迷うな、ラビ。俺はくたばらない、必ずこいつを倒す」
「俺の力を見くびるなよ、たかが人間に超えられるものか」
サーベルタイガーは再生した長い牙を見せつける様に顎を大きく開き、二本足で立ち上がった。爪が長く伸び、ほんのひとかきでも哲生には致命傷になるだろう。しかし彼は両手の拳を握りファイティング・ポーズをとった。
「来いよ、俺の正拳は速いぜ」
既に小さな点になった二つの影を上空の二人は見つめるばかりだった。再び気まぐれな空から雪が降り始め、暫く後そこは白い雪原となり、動く影は何ひとつなかった。ジェット・ヘリはしばらく上空を旋回し続けていたが、やはりテツの姿を見つけることはできなかった。あれほど降っていた雪はすっかり止み、もう雪雲ひとつ無い。
「大丈夫、テツはきっと生きている」
サラがそう言ったきり、おし黙った。ラビもそう思っていた。
「亜矢ちゃんも私と同じ身体なら、必ずまた敵に狙われる。急ぎましょう、ラビ」
新しいタービンに交換されたジェット・ヘリは、数秒で音速に達した。二人を乗せたジェット・ヘリはその青い機体を日本に向けるとオロスを離れた。




