4.香矢
「全ての検査に以上はありません、ただ不思議な事が一つあります」
担当の医師が亜矢の腹部のレントゲン写真を由樹に見せた。
「この部分ですが」
医師が拡大した場所はすい臓の部分だった、しかし黒く何も映っていないのだった。映るべき臓器が映らない、そんな事があるのだろうかと由樹は思った。
「それだけではありません、これがエコーをかけてみた画像です」
「これは、一体なんなの? まるで心臓の様に動いている」
「そう、もう一つの心臓、それが私が出した結論です」
「亜矢にはもう一つの心臓があるのですか?」
医師は首を横に振った。
「いいえ、その心臓は亜矢さんのものではありません。黒い影、レントゲンでは映らないものの心臓です。言い換えればその黒い影は亜矢さんの中で生きているという事になります」
「そんな馬鹿な事があるかしら、いつから亜矢の中で生きているのでしょうか」
「おそらく、亜矢さんが産まれたときからでしょう。亜矢さんは一卵性双生児だったとおっしゃいましたね」
由樹は頷いた。医師は彼女に向き直ると今度はゆっくりと話した。
「まれに一卵生双生児の片方が成長の初期でもう一人の体に吸収されて消滅する事が報告されています。しかしそれは石化した小さなものです。こんなに大きくしかも臓器が残っているという報告事例はありません」
「じゃあ、それは産まれなかったもう一人の子の心臓だと……」
医師は二度深く頷いた。そしてこう言って由樹に手術を勧めた。
「まだ問題のないうちに、摘出しておく方が懸命でしょう。『橘第六室長』と相談なさってください。摘出手術は短時間で終わりますから、ご心配はいりません」
「香矢の心臓が生きている、それを摘出、いいえ殺すなんて私にはできない」
由樹は夫に話すまいと心に決めたのである。しかし数日後にはメディカルセンターの担当医から、「第六種変異細胞研究室」いわゆる『第六室』の室長「橘雄馬」のデスクに連絡が入った。
「いいか亜矢は二つの心臓を持っているんだ。心臓には寿命がある、何万回か何千万回かその鼓動する回数は決まっている。双子だからほとんど同時にその寿命は尽きるかもしれない。スペアがあるという事ではないんだ。いや、むしろ逆だ。同時に鼓動するという事は二倍の速度で血流があるという事なんだ。亜矢は他の子に比べてそれぞれの細胞にニ倍の負担を与えているかも知れないんだぞ」
由樹は雄馬にそう言われても、暫く考えさせて欲しいと泣いて頼んだ。彼は明日から一カ月、北極圏の国「オロス」へ永久凍土層の細胞調査に行く事になっていた。さしあたっての危険は無いと担当医が言った事もあり、彼はそれ以上は待てないと念を押すとその話を切り上げた。ソファーで祖父は亜矢に本を読み聞かせていた。それはいつもの古代生物の本だった。




