39.緑髪の娘
「ソムテル」に向かうそのモンスターは、四肢に溢れる86の力に加え、闇でも見通せる目を光らせた。黒い虎のモンスターは、サビ色の岩に駆け登り、低く唸り声を上げた。
「グルルルッ、俺のメイン・ディッシュを、取り戻す。サラは86を保存するカプセル、俺に食われるために今まで殺さなかったのに過ぎない」
黒い虎のモンスターは、ガチガチと長い牙を鳴らせた。「サーベル・タイガー」へと変異を遂げた「1号」はドクの言う通り、ポーレン・モンスターの最終型だ。その次は、シード・モンスターへと変異する。「ルナティ86」を更に吸収して……。
「グルルルッ、感じるぞ。サラの匂いが、俺の嗅覚から逃れられものか。おや人間の匂いまでする、フフフッ、これは丁度良い」
そのモンスターは、赤い舌で鼻の先をぺろりと一度舐めると再び「ソテムル」に向け走り出した。その上空をラビの乗ったジェット・ヘリが通過していった。それに気付き、上空を見上げながら走る「サーベル・タイガー」はこう言って笑った。
「もう一人『はねっかえりの娘』が加わるのか、いいぞ、ソムテルに俺の餌が集まって来る」
「趙」は「ソムテル」にある「Z会(のちのZIG)」のメンバーだった。闇の組織「Z会」は開発した兵器を敵対した国に売り付けることで、急成長した組織だった。もちろんそれは家族にも話していない。妻「タフテル」娘「サラ」にも研究室の一員として、趙杢霖は「生物研究者」それも「イモムシ」の遺伝子配列の研究者としての姿があった。
「あなた、サラがおかしな虫を見つけたのよ。ちょっと来て!」
「おかしな虫だって?」
そろそろ、長い冬が明けようとしている、北の国オロスの「ソムテル」では、一気に気温が上昇する日がある。村から遠い深い谷では、雪崩れが次の雪崩れを呼ぶことがある。遠くの渓谷から始まる雪崩れは、その音が増幅され、次の雪崩れの引き金になる。次々と繰り返しいつ止むとも知れない、雪崩れの続く日。それがオロスの春の始まりなのだ。今年の雪崩れが「ソムテル」に運んできたのは春だけではなかった。
サラは父親にその「虫」を渋々見せた。そのイモムシは、村中のイモムシを知り尽くしていた「趙」でさえ初めて見た真っ赤なイモムシだった。そのイモムシこそ「シード」の寄生したものだった、ケージの中の真っ赤なイモムシは、サラのつんだ手頃な葉を一心にかじっていた。
「よくもまあ、飽きないものだな。タフテル」
「ええ、サラのことを気に入ってるみたいね、あの子も名前まで付けているみたい」
「名前?」
「そう確か、ラグとか呼んでいるわ、それに名前を呼ぶとサラのそばに来るんだって自慢していたわ、不思議とサラのことがわかるみたいよ」
「あはははっ、ニケでもあるまいに」
「ニケ」は「オオカミ犬」の特徴のひとつ「サファイア・ブルー」の瞳を仕方なく光らせると、またまぶたを閉じ眠り始めた。
趙の家族が暮らしていた「ソムテル」は橘善三が「冷凍マンモス」を見つけた渓谷にほど近い村のひとつだった。後の実験で確認された様に数日後、そのイモムシは「ラグ」に食い尽くされたのかサラの部屋からこつ然と消えた。気に入っていたサラは泣きわめき、翌日から自慢だった黒髪は緑色の髪に変わった。村人の目を気にした母親は娘の髪を毎晩の様に、黒髪へと染めていた。サラもまた亜矢と同じ様にパラサイト・シードに寄生されていた娘だった。その事実は誰一人知らないことだった、サラはやがて時折意識を失う。Z会の医療班でサラの心臓に異常が認められ、その命を救ったのが「NAC(日本アカデミア)」で「橘雄馬」が開発した人工弁だ。それを契機に趙はZ会を脱会することを決めた。




