36.趙の最期
「あとは任せて、趙」
「すまない、ラビ」
再生する速度が目に見えて遅くなり始めた。「ゼロ」であることを再認識した趙は、「シード」から生まれた「ラビ」をここで見送るしかない。
「俺はサラにもう二度と会うことは叶わないのか……」
趙の身体に埋め込まれた「ポーレン(花粉)」が次の寄生先を探し始めていた。
「あのモンスターも同じ運命だ、しかし奴はそれを知らない。その方が幸せなのだがな……」
ようやく、立ち上がった趙は前方に爆発音を聞いた。その黒煙を目指し、趙はスピードを上げた。
「そうか、邪魔が入ったのか」
日高はノアの報告を聞いた。ラビに亜矢を奪い返され、伊織は遅れて追いついた趙に遂に倒された。しかし趙もまた、その心臓に向けて伊織のマグナムが打ち込まれたのを、ノアは確認していた。ノアはラビの追撃を受け、すんでのところで日高のよこしたジェットヘリに飛び乗った。
「これで赤トカゲはいなくなった。それに橘夫婦も無事で済んだとは思えない」
「二人を轢き殺したのか、娘の目の前で。まったくエージェントは思いやりに欠ける」
「今頃きっと、手でもつないで天国への階段を上っていますよ、仲良くね。ハハハハツ」
ドクは何も言わなかった。確かにこれで、二人が死んだとしたら残るのは、橘善三だけになる。顔見知りの自分が既知の二人を始末するのは、避けたかったのも、日高の偽りのない思いだった。
「まんまと、ノアに逃げられた……」
ラビが悔しげにつぶやき、亜矢の傍らで胸を吹き飛ばされたままの趙を見た。
「すまない、どうやら時間切れだ。やはり、ポーレンの力では、シードには届かない」
趙は雄馬と由樹を残したままの公園に、向かおうとした。セダンのドアノブに手をかけた、仕掛けられていたトラップ、プラスティック爆弾が車のドアを吹き飛ばし、その鉄板で趙は胴を真っ二つにされた。上半身だけの趙に変わって、ラビが運転席に座った。亜矢がおびただしい血に染まっていく趙を、気丈にも膝の上に乗せ声をかけ続けていた。
「趙、しっかりして、趙………」
大量の出血により次第に気が遠くなる趙の目には、ひき殺された両親の姿を見て、血の気が引いて行く亜矢が映った。ラビは雄馬を後部座席に乗せ、由樹を助手席に座らせた。二人とも呼吸は停止していた。その両親の姿を見て、亜矢は遂に気を失った。やがてラビの前方に橘の屋敷が見えた。ラビは屋敷のセキュリティ・コードを解除するために、由樹のブローチの縁をモールス信号の要領で素早く左の指でタッビングした。黒いセダンに向けられていたレーザー砲の照準は、全てロック解除された。片方のドアをもぎ取られた黒いセダンが、屋敷に滑り込んで行った。
その日を境に、亜矢の口数が減った。屋敷には善三、母の妹「稲荷 美樹」そしてラビが時折立ち寄るくらいになった。ラビはドローンのデータを解析して、サラが拉致されている「ZIG」の秘密基地をほぼ確定した。そのデータの結果を解析して、ラビはこう決断せざるを得なかった。
「あの画像は、巧妙に作られたもの。つまり、ニセモノ、そして「ZIG」はすでに日高の手足になっている……」




