32.赤トカゲ
「そろそろ、脂ものは飽きた頃だ、トカゲの刺身をいただこうか」
「そううまくいくかな、さあ来い!」
「シャア!」
モンスターの両手が再び趙を襲った。今度は鱗とともに趙の血しぶきが床に飛び散る。
「趙、大丈夫?」
ラビがようやく戻ってきた。物音に亜矢は目を覚まし、その光景に失神してしまった。
「亜矢を安全なところへ連れて行け。早く」
頷くより早く、ラビは亜矢を抱きかかえ部屋の外に出た。
「安全な場所が、あればいいがな。ホウッ、ホウッ、ホウッ」
「タアッ」
右手をソードに変異させた趙は下方からモンスターを斬りあげた。確かな手応えとともに今度はモンスターがその腹を切り裂かれた。しかし木霊フクロウにはダメージはない。
趙に対抗して、右手の指を縒り合わせると両刃の刀に変え、今度は振り下ろされた趙の刀を難なくモンスターは受け止めた。
「刺身は薄く削ぎ落とした方が良いだろう」
薄ら笑いを浮かべ、趙の身体を蹴り飛ばした。趙は部屋の隅に転がった。
「あきらかにこいつの戦闘能力は上がっている。花粉から作られたとはいえ、相当手強いモンスターだ」
趙は自己の能力を高めるために、脊椎に体内の「ルナティ86」を集中させた。変異細胞が新たなシナプスを伸ばした。趙の背中の皮膚を突き破り、数本の背柱がまるで帆柱のように生える。その間を濃紺の膜がつないだ、そうまるで「ディメトロドン」のようだ。
「これは、驚きだ。変異細胞をこんな短時間で扱えるとは。さすがに『マスター・シード』だ、だからこそドクも俺に特別な能力を加えて作り上げた」
木霊フクロウはその「ディメトロドン」の姿を見ても、感心はしても微塵もひるみはしなかった。むしろ「好敵手」の存在に例えようのない高揚感を感じた。
ー ディメトロドンは、のちに地上に溢れた恐竜たちとは異なる。いわゆる「トカゲ」の最大のものだ。その特徴的な背にある「帆」は今日では、太陽の光を集め朝には体温を素早く上昇させ、昼間は放熱して体温を下げたのではないかと言われる。もちろん現存する「エリマキトカゲ」のように求愛や威嚇にも役立っていたのに違いない ー
趙はその帆をまだ痩せている月に向けた。そう、86を集めるために……。
「チャージ、完了。さあ行くぞ!」
再び背の帆が体内に消えた。趙は真っ赤な身体のネオロイドに変異を終えた。
「レッド・スキンク(赤トカゲ)の趙か、なるほど、そのセイルはそのためのものか」
そう言いつつ、木霊フクロウは刀を袈裟掛けにした。それを肩で弾きとばし、趙はモンスターの顔を殴り飛ばした。
「グェツ」
短い悲鳴をあげて、床に転がった木霊フクロウは、趙が次に突いた刀を避けることが出来なかった。腹を切り裂かれたまま、それでもモンスターは立ち上がる。
「とどめた、イェヤア!」
趙は走りながら、刀の先に全体重を乗せて木霊フクロウの胸に飛び込んだ。
「パキッ」
趙は刀に確かな手応えを感じると、自らの腕を切り離した。




