3.双子
亜矢が祖父の側で眠り始めた。通夜の夜の事だ、周りには人気が無い。そのとき善三のまぶたが少し持ち上がった。そして再び閉じたのである。しばらくすると善三の耳の中から、透明な霧のようなものが立ち上り始めた。やがてその霧はとなりに眠る亜矢の鼻から吸い込まれていく、それは時間にして数分の事だった。それが終わるのを待つように、美樹が亜矢をおぶって居間に連れて行った。『稲荷美樹』。彼女もまた、亜矢のその秘密を知っている一人だった。
「姉さんに変わって私がきっとあなたを元に戻してあげるからね」
亜矢はこの日、二匹目の『パラサイト』をその体に取り込んだのである。
ここでこの話の主人公『橘 亜矢』について少し触れておく必要がありそうだ。
亜矢は善三の長男、雄馬と美樹の姉『由樹』を両親に持つ。雄馬の弟である健吾、妹の光子が言う通り、亜矢は『特別』な娘であった。亜矢は一卵性双生児としてうまれるはずだった。しかし、産まれたのは亜矢だけだった。まれにそういったケースもあるし、誰もそれほど気に留めなかった。ところが亜矢が『特別』な事に母親の由樹が最初に気付く。それは亜矢がようやく言葉を話すようになった頃の事だ。由樹は台所で炊事をしていた、その頃はまだ「伝い歩き」の亜矢は、食卓のテーブルクロスを握ったまま、床に転んだ。その頭上にペティー・ナイフが落下した。あっという間の出来事に由樹はどうする事もできず、眼を閉じる事もできなかった。
「亜矢!」
しかし次の瞬間、そのナイフはくにゃりと曲がり、まるで花びらの様にひらひらと床に落ちたのだ。あわてて亜矢を抱きかかえてそのナイフを見た由樹は、床に突き刺さったペティー・ナイフを見た。
「こんな不思議な事があるのかしら?」
「マンマ、どちたの?」
亜矢はまるい瞳で笑った。由樹は信心深い方ではなかったが、とっさに礼を言った。
「きっと、亜矢は『香矢』に守られたのね。大事な妹だものね」
由樹が香矢と呼ぶのは途中で産まれなかった双子の姉の名前だった。その夜「NAC」から戻った雄馬にそれを話すと、彼は大きく頷いてくれた。
「そうか、香矢のおかげだな。亜矢は双子だったんだよな」
不思議と亜矢はそれ以降も怪我も病気もせず小学校に行った。しかし咳一つしないのにはさすがに由樹は心配して、亜矢が最初の夏休みになると雄馬の勤める「NAC」のメディカルセンターに連れて行った。




